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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その39:「リセット」について

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。



例えば、帰宅して自分のバッグを空にする、ポケットの中身を全部出す…これは、毎日の小さなリセットといえるであろう。毎日の小さなリセットを大切にしていくことが、1日の密度を上げてくれる。今回は「リセット」について考察してみたい。

●まずは歯磨き!

フィジカルな部分での「リセット」の筆頭は、まずは歯磨きだろう。食べたら歯を磨くという習慣は最低限必要なリセットである。人間、歯の健康状態は生存寿命と比例しているのはもう間違いのない事実。80歳以上で健康な人には、虫歯や入れ歯がほとんどない。

もし、長く生きたいのなら、正しい歯磨きはマスト条件なのである。きれいな歯は寿命と直結している。おそらく、これを今読んでいる皆さんも、今すぐに歯を磨きたくなったはず(笑)。そして、噛み合わせも、脳神経に影響が出るくらいに重要。実は、ここ2年くらいで、自分の歯の金属部分をすべて非金属に入れ替えた。どうも昭和の時代の治療は使用された金属の材料の特性などいろいろと問題があったようである。金属以外でも、嚙み合わせなどもいろいろと調整した。おかげさまで、体調も以前より良好な気がする。まあ、以前も良好ではあったのだが(笑)。

現在の歯科医の技術は、昭和時代とは比べものにならないほど進化している。これは、きちんと自分の歯を見直す時期でもあるということでもある。とにかく、生き物としての人間で、空気や水分、食物と取り入れ口としての「口の健康」は、生きていくためには「リセット」として常にケアしていくべき事項だと思う。歯並びも含めて、日本は世界に比べてかなりの後進国なのである。 これはかなり恥ずかしいことでもある。政治の世界をよく観察すればよく分かるだろう。これ以上は言わない。でも、少しでも金銭と時間に余裕があれば、まずは歯に投資するべきだろう。3Dスキャンの技術が一番ビジネスとして成功しているのは実は歯科業界ではないのだろうか? マスクが当たり前となった今だからこそ、歯に関しての意識を増やすチャンスではないのだろうか?

●人間も1本の「管」

「歯」が人間の入り口として考えれば、次は当然出口を考えていかないといけない。では出口の「リセット」とはなんだろうか?

シンプルに考えれば、人がトイレに行くという現象は、生き物として継続していく上で必要な「リセット」なんだと思う。トイレを我慢することが苦痛になるように、例外なく脳にプログラミングされているのはすごいこと。と考えると、トイレを我慢するということは、どう考えても身体に良くないはず。

なんでも、定期的に「空」の状態にしておくということが次につながる。もう、どんどん出すべきだろう。以前も断捨離のコラムとかで触れたかもしれないが、「便秘」ほど身体に害な状態はない。最近なんだか、この話ばかりしているようだが、いつも考えていることなのでしょうがない(笑)。

よく言われるのは、人間も1本の「管」なのであるということ。水道管やガス管のような「管」。常に詰まっている状態ではなく、常に「空」の状態を意識していたい。「空」であるからこそ「流れ」という機能を実行できる。

●淀まないために

人間、絶えずリセットし続けていかないと身も心もカオスになっていく。ここでいうカオスは決して「フェズのメディナ」(モロッコの旧市街で地図に表現できないほど細かく分岐した路地にたくさんの露店が並ぶ様子は圧巻。中でもフェズのメディナは世界遺産に登録されている)のような美しいものではなく、ネガティブなカオスである。

「濁り」というか、毎日の時間そのものがなんだか淀んでくるような感覚がある。一番危険なのは、濁っている状態にマヒしてしまうことだ。ゴミ屋敷や、ゴミだらけの海みたいな状態になること。もう、多少ゴミが増えても気が付かない状況に陥るということ。

きれいな状態ならば、髪の毛1本落ちていても気になるではないか。精神的な感覚では、ニコチン中毒で、何本も何本もたばこを常に吸っていたり、テレビの前で袋菓子を延々と食べ続ける行為もそうである。一度、完全に止めることが大事だが、このカオスに入り込むと止められないのが現実だと思う。ストップさせるには、尋常ではないエネルギーを必要とする。

自分の場合、コロナでエントリーしていたマラソン大会がかたっぱしから中止になり、18年止めていた煙草を再開してしまった。ちょうど、音楽に、その分のエネルギーを注いでいたのであるが、音楽やってる人はなぜか非常に喫煙率が高いのである。デザインや建築ではほぼ喫煙者はゼロに近いのであるが。

音楽のリハーサルスタジオって、今も普通に喫煙所があるのが普通なのである。昔は、SONYにいた頃も、デザイナーのほとんどが喫煙者で、毎日帰り際に自分の灰皿を処分して帰るのだが、何となく、かつての新幹線の喫煙車両のように煙でぼやけた室内を眺めるたびにネガティブな感情になったものである。

とにかく、喫煙にはいろいろな葛藤の思い出があるのであるが、思い立ってコロナ禍が落ち着いてきつつある現在、また禁煙してそろそろ1月になる。このまま、喫煙しなくても済みそうである。これも、自分にとっては1つの大きな「リセット」である。今回は書かないが、もう1つ「体重リセット」という大きな命題もある。これも、健康寿命に影響する大きなテーマであるがこれはまた別な機会に書きたい。

とにかく常に、規則的に意識していろいろなものをリセットしていくことは大事だ。冒頭に書いたように、まず帰宅したら、ポケットの中や、財布の小銭類は一回空にして、明日に必要なカードに入れ替えたりする行為。これで、忘れ物もずいぶん減るし、次の日の段取りも明確になるものだ。

そしてなによりも、身体とメンタルの両方のリセットに不可欠なのが、毎日の睡眠の質である。これに関しては以前、「良質の睡眠を確保する方法」ということでコラムに残しているので参考にしてほしい。この時のコラムは、そのあとに睡眠を研究されているプロフェッショナルな方からも褒めていただいたので、間違ってはいない内容だと思っている。

座禅の修行ではないが、「脳」を空にするほど難易度が高いものはないと思っている。自分の場合、「デザイン」しているときは、何か気になることや嫌な気分の時は絶対にうまくいかない。そういう時は、確定申告の計算したり、ランニングに出かけたりする。とにかく脳がリセットされていないとデザインワークの仕事にはならないのである。無理に何か作ったとしても、大体やり直すことになるから何もしないほうがいいのである。 

●東山魁夷とフランシス・ベーコンのアトリエ

以前、いろんな画家のアトリエの様子を収めた写真集を愛読していた。その中で、東山魁夷氏のアトリエがとくに目をひいた。たくさんの筆や絵具からすべてが、規則的に絵画のように並んでいたのをいて、とても興味深かったのだ。そこは、なんだか最先端の実験室のようでもあり、すべてが合理的に秩序だって配列されていた。あの端正な日本画の極めてクリーンな空気感というものは、こういう環境があってこそなんだなあと感じた。ここにいるだけで、背筋が伸びるような気がした。

それとは真逆なのだが、フランシス・ベーコンのアトリエが、まさに散らかり状態のカオス状態で、まるで爆発事故でもあったかのようにものが、雑然と散乱したままなのである。これは「ベーコン アトリエ 画像」で検索するといくらでも写真が出てくる。ぜひ見てほしい(笑)。ベーコンも大好きな作家なのであるが、必要な絵具とか筆はどうしたんだろう? と疑問ばかりだ。それとも、このカオスのアトリエはパフォーマンスの意図的なアプローチなのか? ベーコンの絵画はテーマは過激だけれども、空気感はなにかクリーンなものを感じるので、頭の中ではこのカオスのアトリエと一致しないのである。

表現に必要な環境というのは、人それぞれ大きく異なるのだろう。ただし、自分の場合は、やはり東山魁夷とまではいかないとしても、使用する道具とかが整理された状態でないと何となく落ち着かない。この現象は大学の研究室とかでも同じで、書籍や原稿やらが、山のように積み重なっている先生もいれば、きれいに書架に整理されて収まっている先生もいる。そのあたりは、まあ、まったく自由なのだが、ものを探す時間ほど無駄な時間はないと思っている。

例えば職種が人命に関わってくる仕事の場合。救急患者を扱うICUであったり、飛行機の整備だったり、軍隊であったりというケースでは、すべての道具がきちんと、すぐに取り出せる状態で決まった場所に整理されているというのが不可欠なのである。いざというときに、必要なメスがなかったりというのは、絶対にあってはいけないこと。

●仕事の環境も日々リセット

デザインに関する道具に関して言えば、この30年くらいで大幅に変わったと思う。以前は、大きな武藤のドラフター、発泡スチロールと熱線ヒートカッター台、マーカー、PMパッド、スプレーノリ、カッティングシート、パントーンペーパー、青焼き機など、とにかく場所をとる機器ばかりで、1人の事務所でもかなりのスペースが必要だった。

現在は、まあ、高スペックのPCと50インチのモニター、2D/3Dのプリンタが数台あればなんとか作業はできる。紙媒体やCDもほとんどデジタル化しているので、ほぼない。若い頃は、事務所の引っ越しの度に、膨大なエネルギーを使い果たしてぐったりだった。今は、上記のようにシンプルな構成で十分に仕事が完結するので、引っ越しというよりは、複数の場所で仕事が可能である。自分のアーカイブは3Tバイト程度のハードディスク1台にまとめてある。

何となく、身軽で羽の生えた気分になってくるから不思議だ。そして、複数の拠点で作業が同時に進められることが何より助かる。道具を運ぶ必要もない。財布の小銭入れ部分に小さなUSBメモリが入っているだけ。

FAXと固定電話に関しては、もう10年以上に止めている。実は、その当時はこれらのメインのインフラを削除するのに勇気が必要だったが、今となれば結果正しかった。電話の権利とかいうのが、結局はNTTからは戻ってこない仕組みなので、それだけでも膨大な収益になっているはず。あれは、いったいなんだったんだろうか? 回線ごとだったので、ずいぶんと高価だった記憶がある。 個人情報の塊のような住所と名前が記載された分厚い電話帳も今から考えれば恐ろしい。そういえば、今、電話帳ってどうなっているのだろうか? このあたりってものすごく変化している世界。

今年に入ってからは、ほとんどのクライアントへの請求書をPDFにしてもらっている。例外は数社残ってはいるのだが、請求書を印刷してハンコを押して、封筒に住所を書いて、切手を貼って、郵便局に行くといった手間が省かれるのは、クライアントの数が多いほど圧倒的に、工数の削減になってくる。

いろんな意味で、クリエイティブに使える時間の比率が上がっている。仕事のあり方も、思い切ってリセットすることで、1つ上の段階に上がることができる。今の時代、ちょうど古めかしいものが共存している時代である。意識的に身の回りの「リセット」をお勧めする。

物事をいったん空にして、また入れ直すという、呼吸のように物体の出し入れを行うこともとても大事。定期的に引き出しを空にして詰め直す。洋服のクローゼットも1回全部出して、入れ直す。世の中の気候としては、もう今後は夏服と冬服だけでよさそうでもある。春とか秋って、地球的になくなった。

なんだかんだと、コロナの今年もあと2か月で2022年になる。このタイミングで、いろいろと、身の回りを入れ直して新しい年を迎えたいものである。 


2021年11月1日更新




▲写真は新作のお皿。飛鳥時代の「酒船石」をモチーフとしたデザイン。上流から落としたワインソースなどが、途中いろいろとブレンドされて着地する。竹芝のレストラン「SUD」でこのお皿を楽しめます。(クリックで拡大)













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