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インタビュー

軽自動車のタイムレスデザインを実現したホンダ「N-ONE」

日本人のジュエリーデザイナーとして、ニューヨークで活躍した唯一の存在といっていい松岡晃代氏。
現在はデザイナー時代の経験を後進に伝えるため、
ファッション工科大学などでCADツール、Rhinocerosの教育に携わっている。
今回は松岡氏の作品の紹介とともに、現在に至る経緯などをうかがった。

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[プロフィール]
松岡晃代:ニューヨーク在住。1994年、パーソンズ スクール オブ デザイン、ジュエリー科を主席卒業。以後、Escada, Avonをはじめ、ファッション、貴金属ジュエリー会社のフリーランスデザイナーを務める。1997年アキヨ マツオカ ジュエリーブランドを設立。 Neiman Marcus, Nordstrom,Takashimaya New York, 銀座和光、Lane Crawford Hong Kongなど、米国を中心に世界の大手高級デパートやセレクトショップで販売を展開。現在は、ニューヨークのファッション工科大学(FIT:Fashion Institute of Technology)において、Rhinocerosの講師を務める。Robert McNeel & Associates社認定ライノトレーナー。2015年秋にアプリクラフトにてクラス開講の予定。

http://www.akiyomatsuoka.com/


●ミュージシャンからジュエリーデザイナーへ

−−まず、松岡さんがデザイナーになる前、学生の頃からのお話をお願いできますか。

松岡:私は大学時代、音楽活動をしていました。テクノが流行っていた頃、80年代ですけれども、YMOの細野晴臣さんのプロデュースするノン・スタンダードレーベルで、アンビエントミュージックをやっていて、テレビにも出たことありました。文章を書くのも好きだったので、コピーライターの勉強をして、大学卒業後は広告、やがては広報の会社に入社し、企業の広報活動、文化支援のお手伝いをしたり、ニュースリリースを持って、出版社や新聞社を回ったりしていました。

当時はまだバブルで、もうすごい量の仕事をしていました。毎日20〜21時くらいまで仕事をしていて、その後会社で飲みに付き合って毎晩遅くて…何しているんだろう私と思って、そこで会社を辞めました。

そして1990年、20代半ばに、私が姉のように慕っていた人がニューヨークで暮らしていたので、彼女を訪ねてニューヨークに行きました。私、東京生まれの東京育ちの都会っ子なので、ニューヨークととても息が合って、住んでみたくなりました。一度帰国し、2ヵ月後に荷物まとめて本格的にニューヨークで暮らすことにしました(笑)。

辞めた会社の社長の知人がニューヨークで日本のPRの会社をやっていたので、そこでお世話になって、ビザや永住権のサポートをしていただいたんです。ニューヨークの生活では自由な時間が持てたし、会社の同僚にジュエリーを作っている人がいたんです。私も小さいときからモノ作りが好きだったので、その人の影響でコミュニティカレッジでジュエリー造りを始め、その後本格的に学位をとりながら物作りと美術理論を学びにParsons School Designへ入学しました。Parsonsは美術とファッションの学校でプロダクトデザイン科にジュエリー部門があり、仕事しながら学校行って、それがすごく楽しかったですね。

Parsonsを卒業してしばらくは、PRの会社を続けていましたが、その後、ジュエリーの仕事を始めてみたくなり、エスカーダ(ESCADA)というブランドのコレクションのジュエリー、コスチュームジュエリーのデザインを手伝い始めました。それをきっかけにいろいろコマーシャルジュエリーの仕事が回り始めました。そのうちに自分のデザインをやりたいと思って、自分でコツコツいろいろ作り始めました。

●ジュエリー作家時代

——デザイナーとしてどのような活動を始められたのですか?

松岡:その頃、フランスに行って、パリに住んでいるアメリカ人の友人を訪たんです。自分の作ったジュエリー見せたら、パリに展示会があるから出展してみないかと言われました。

それでニューヨークに戻って、自分のコレクションを作って、パリに持っていきました。パリコレ開催中にいろいろなアクセサリーの展示会があります。主催者の人たちに会い、申請、審査を経て、プルミエルクラスというジュエリーだけでなく、帽子、スカーフ、ハンドバッグを含めたアクセサリーの展示会に出展させてもらうようなり、3シーズン位出展しました。

そのうちに、海を越えてのヨーロッパのバイヤーとのやりとりの難しさやヨーロッパの不景気から遠征を中止し、ニューヨークのアクセサリーの展示会、そしてラスベガスのジュエリーの展示会へと出展を広げていきました。

そして、アメリカ国内にニーマン・マーカス(Neiman Marcus)という大手高級デパートがありますが、最初は2店舗から販売が始まり、やがては14店舗にまで展開していきました。

大手小売店での扱いが14店舗までいくと、その上にいこうと思うと億単位の投資が必要になります。バッカー(支援者)の話もあったんですけど、バッカーはいやだなと思い、あくまで個人でジュエリービジネスをしていました。ただ、その頃から世の中の景気がだんだん悪くなり、そして私も妊娠、出産を経験することになります。

当時私の右腕として働いてくれたアメリカ人の女の子がいましたが、フルブライトの奨学金でギリシャに行くことになり、私も産休でお休みの意味も兼ねて、事業を縮小しました。

縮小といっても、スペシャルオーダーを受けるとか、新しいデザインを不定期に作っていたりしましたが、そういう時期にRhinocerosのことを人づてに面白いよ、という話を聞いて、Rhinocerosの勉強を始めました。

−−ニューヨークで14店舗までビジネスが拡大するなんて素晴らしいですね。

松岡:2003年頃ですから、ニューヨーク滞在12年目くらいでしたね。

−−完全に個人の資本、ブランドでやられてきたのですね。

松岡:そうです、個人、自分で。ニーマン・マーカスに卸している日本人は、私と、Mizukiさんと、中野和代さんというバッグデザイナーぐらい。日本人がそこまでいくのは、みなさんそれなりの苦労があったと思います。

●Rhinocerosを選んだ理由

−−Rhinocerosを使われる前までは、基本的には手でスケッチを描いて、職人さんに作ってもらうような流れですか。

松岡:Rhinocerosを使ってモデリングする前は、職人さんが作っていました。ジュエリー造りを始めた頃は私自身で作っていましたが、高額商品になり、高度なダイヤモンドのセッティング技術が必要になり、完成度の高さが求められたので、プロの職人さんに全部お願いしていました。

ニーマン・マーカスと同時に高島屋ニューヨークに扱っていただき、それが私にはとても大きな存在でした。世界のハイセンスなものを集めた高島屋ニューヨークでニューヨークへやってくるバイヤーが私の商品を見て、その方々からかなり注文が来ていました。

高島屋ニューヨークが閉店となってからは、個人のお客さんから、ニューヨークではどこで売ってるのとか聞かれて、私もBergdorf Goodman(バーグドルフ グッドマン)やバーニーズ(Barneys New York)のバイヤーとのやりとりもありましたが、その頃から小売店はほとんど委託販売で、その上かなりの量のサンプル生産をしてプレゼンテーションしなくてはいけない。そのプレゼンの後に注文をいただく保証はないので、かなり在庫をかかえることになります。かなり躊躇しました。

それと、やっぱりデザインですね。カリビアンレインというサイズの違う輪を組み合わせたデザインシリーズは、私が2000年頃にデザインしたジュエリーですが、当時すごく新しかった。カリビアンに夫の別荘があってそこは雨がよく降るんですけど、その水たまりをイメージして作った作品でした。ところが次の年に、それがみなさんにコピーされて…。それを見ていて、やりきれない気持ちになりました。

あと、ジュエリー業界、ファッション業界もそうですけど、今、二極化してきています。売れるジュエリーは何万ドルもするものか、中国で作った150~1000ドルぐらいの価格帯のもの。1500~5000ドルの価格帯の上位中産階級が普段使いに買っていたジュエリーは売れなくなりました。経済構造の変化です。そういう状況の中で、私のモノ作りの意欲にも変化が出てきました。

その頃にRhinocerosに出合って、すごく面白くなってきて、これからはこれだなと思えたんです。それでRhinocerosをものすごく勉強するうちに、お友達からいろいろ教えてと言われるようになってきて。そのうちにファッション工科大学(FIT)で夜間のコースで教えるアシスタントが1人いなくなったからぜひやってくれということで、そのアシスタントから始まって、1年ぐらい経ったら任されるようになって、今は、Rhino1という週1日の初心者のクラスを持っています。

今、ニューヨークでRhinoceorsがすごい人気なんですよ。特にジュエリーでは。私のクラスは22人いますが、いつも満席で、ウェイティングでブーイングが出るくらい(笑)。それで今学期から授業を2日に増やしました。それと並行して、2年ぐらい前から個人でもクラスを始めて、今はFIT以外でもRhinocerosを教えているんです。

−−それは個人塾のような形ですか。

松岡:そうです。私の作ったカリキュラムで6人制です。始めたらけっこう人気で、うわさで聞きつけてくださる方もいて、おかげさまで盛況ですね。ジュエリーデザイナーに限らず、工業デザイナー、セットデザイナー、建築家の方々も見えます。基本図形はジュエリーを使いますが、汎用性がある内容にしています。

−−Rhinocerosを短期間でマスターされて、人に教えるまでになるというのは相当ですよね。例えば自分のイメージをCADを通して実現化するのは、最初は大変じゃないですか。まず、モデリングから始められたんですよね。

松岡:私自身、Rhinocerosはクラスをとった後に家庭教師について習いました。私も現在家庭教師をしている生徒さんが何人かいます。モデリングのやり方も状況によっていろいろなアプローチがありますし、そういう意味で、家庭教師に具体的に教えてもらって、あとは自分で実践で覚えていきましたね。

−−ある程度基本的を教わったら、あとは自分でデザインしながら覚えるみたいな感じですね。

松岡:はい。あとは自分で作る。作りたいイメージがあったので。

−−CADで作ると昔はCADっぽさが見えましたけれど、松岡さんはイメージどおりのジュエリーをRhinocerosで作れましたか。

松岡:私はできると思います。確かにオーガニックなものなど、Rhinocerosの制約はもちろんありますけれど、私はジュエリーの経験が長いので結構いろいろなこと分かっているので、使い方次第だと思います。

ジュエリーの会社にいるデザイナーに言われるんですが、うちの若い子はCADできるけど、やっぱりCADっぽさですごく厚く作り過ぎちゃうんだよねとか。もちろん厚く作ることも大事だけど、どのぐらい減るか、どのぐらいのスケールか、ディテール、繊細さなどを考えながら作っているので、問題ないと思います。

−−ではCAD以前のご自身のデザインと、Rhinoceros以降のデザインはそんなに変わったわけじゃなくて、むしろよりイメージがしやすくなったなど、そういうことはありますか。

松岡:イメージはもちろん、全部自分でできますよね。モデルメーカーに依頼すると、やはり違うんですよね。そこから修正など説明しなきゃいけない。Rhinocerosであれば、自分の主導で全部正確にできます。

−−3Dプリンタはご利用ですか?

松岡:3Dプリンタは、ジュエリーの場合、アメリカだとSolidscapeという3Dプリンター。それが一番のレゾリューションが細かいんですね。とても高額な機械なので個人で持てるものではないですが。でも、最近会社では随分導入が進んでいますね。

ただ、今は3Dプリント屋がありますので、データファイルをEメールやDropboxで送れば、次の日にモデルができてくるので、それで十分かもしれません。でも、いずれ自分でも持っているといいなとは思っています。

−−ジュエリーは小さくて繊細ですから、3Dプリンタでもローエンド製品は解像度的になかなか厳しいかなと思います。やはりハイエンドじゃないと難しい気がします。

松岡:そうですね、全然違います。アメリカで私の使っている3Dプリント屋さんにもProJetとSolidscapeを使っているところがありますが、樹脂のProJetで出力すると結構線が目立つのでSolidscapeを使用することになります。

−−現在はRhinoceorsでモデリングして、Solidscapeでモデルを作るワークフローなんですね。

松岡:そうですね。でも、私は今、あまり時間がないので、自分の作品はもう作っていないです。今はラグジュアリーアイテムを自分で作って売るというよりも、自分の経験を生かして、それを人に伝えて教えるというほうが楽しいですね。なので、おかげさまで教えることで忙しいです。それと、ジュエリー以外でもコーチ(COACH)など、企業の商品開発に呼ばれ、CAD的な目線でアドバイスしたりしています。企業に行って企業内のデザイナーにRhinocerosを教えることもしています。

−−デザイナーは自分の作家性をお持ちじゃないですか。それをできなくなることに対する寂しさとかはないですか。

松岡:寂しさは今はないんですね、プライベートでたまに作っていますので。今は生徒さんがちゃんとできたとか言うと私もうれしくなるし、けっこうそれで満たされています。

−−授業は松岡さんの流儀やイメージを伝える方法ですか、それとも生徒さん自身のイメージを育てるような方向ですか。

松岡:Rhinocerosの基本はしっかりと教えます。その中にはもちろん私の流儀も入っています。短時間でいかに効率的に学べるか、そして知っておいたほうが良いと思われる要領や秘訣を随時取り入れています。そして実際生徒さんのデザインのモデルの具現化は、生徒さんがもっているイメージを育てていきます。

●ジュエリー制作のワークフロー

−−Rhinocerosで作ったジュエリーを売っていた時期もあったんですか。

松岡:ありました。短かったですけど。

−−最初のスケッチをどういうふうにされているのかとか、そういう一連のプロセスを教えていただけますか。

松岡:今でもそうですけど、イメージがあったらまずスケッチします。

−−それは紙と鉛筆で?

松岡:そうですね。今、スケッチできない人が多いですけど私はスケッチします。スケッチすると、私の場合はRhinocerosに慣れていて、自分の右手みたいなものなので、それを直接Rhinocerosに落としていきます。ものによってはスキャンしてRhinocerosに取り込んでトレースすることもあります。

−−割と精巧なスケッチを描かれるんですか。

松岡:自分のものなので、そんなに精巧でもないかもしれない。イメージを実際にアプライしたいと思ったら、自分ですぐアプライできるので。

ただ、お客さんの場合、お客さんには一応正確に描いてもらうようにします。描けなかったら私が描いてあげて、これでいいんですねと確認しないと。それでOKとなったらRhinocerosに持っていきます。

−−受注生産的なことはやられているんですね。

松岡:今でも、お客さんに頼まれると(笑)。

−−Rhinocerosでモデリングされたものはレンダリングされるんですか。

松岡:Brazilで行うようなフォトリアリスティックなレンダリングすることもあります。その他は、3Dモデルを2次元の四面図におとし、寸法を入れ、色つけ程度ですが簡単なRhinocerosでのレンダリングをし、それをイラストレーターで保存してPDFをつくります。それをお客さんに見せる場合が多いです。

−−3Dプリンタでモデルを出す場合もありますか。

松岡:そうですね、Solidscapeだとすごい高いんです。100ドルとか。お客さんによっては100ドルも出すんじゃなくて、半額ぐらいなのでProJetで出すとか。それをお見せすることになります。

余談ですが、アメリカで今、出力サービスのShapeways.comというのが流行っています。Shapewaysにはいろいろなマテリアルがあるんですね。例えばプラスチックでも、ABSとかPLAの他にもいろいろ樹脂があるし、メタルもあります。メタルはワックスとかで作って、キャストしてやるんだと思うんですけど、ようするに、全部Shapewaysがやってくれるんですね。

この間、私の生徒さんでエナメルをやっている人がいるんですけど、ProJetで50ドルかかるものがShapewaysに頼んだら3ドルで済んだと言ってました。

彼女自体、3Dプリンティングは初めてなんですけども、自分のデザインしたものがちゃんと反映されてるかなということを見たいじゃないですか。あとはイメージが違う、ここをもうちょっと小さくしたほうがいいというときはそれを見て直せますし。Shapewaysがすごいのは、自分のデザインをインターネットで販売してくれるんですよね。

18金や銅など、マテリアルごとの価格もデータからすぐ分かり、そこから違う材質でプリントをオーダーできます。自分で型を使って作りたいジュエリーデザイナーには向いていないかもしれませんが、アマチュアの人がよく利用されています。そして、サイズの大きなものが必要な人は、ここのプリンターを使用することが多いようです。

また、自分でデザインできなくても、デザイナーに依頼できるハイヤーデザイナーという方法もあります。私の生徒さんもいますけど、気が合うとその人に作ってもらうとか。デザイナーの人も、それでちょっとアルバイトできるという感覚ですね。

−−日本でもそういったサービスはできつつありますね。

松岡:私自身のワークフローは、やはりメインはSolidscapeです。Solidscapeで、モデルができ上がったら鋳物屋さんに行って、ゴールドなりシルバーなりにキャストしてもらって製品にします。

有名ブランドのファションジュエリーとか量産もたまにあります。すでにあるデザインを私がRhinocerosでデータ化して…。

−−松岡さんご自身は、有名ブランドの外注デザイナーとしての経験もおありですよね。

松岡:はい、昔はエスカーダから始まり、エイボン(AVON)のでジュエリーデザインもしました。CADはアレクシス・ビター(Alexis Bitter)やクイアト(kwiat)、日本では余り知られていない大手高級ブランドなどいろいろですね。

●中学、高校生にもRhinocerosを伝えたい

−−今、Rhinocerosを教えていらっしゃる生徒さんは、学生が多いんですか、社会人が多いんですか。

松岡:企業や個人のデザイナーの社会人がほとんどですが、学生もいます。有名ブランドからいろいろ来ますし、私も派遣されてグループレッスンしたりしています。去年はコーチヘ行きましたし、ティファニー(Tiffany & Co)からもデザイナーが来ました。今はミリアム・ハスケル(MIRIAM HASKELL)、ヴァンクリーフ&アーペル(Van Cleef & Arpels)の人にも教えています。

これからティーンエージャーにも教えようかなと思っています。実は夏に中学生、高校生向けのデイキャンプをやろうと思っていて、企画中です。

−−それはRhinocerosでジュエリーですか。それとも、もう少し広範なものづくりですか。

松岡:中学生と高校生で随分レベルの違いますが、ドッグタグのペンダント、リングでもソリッドを使って制御点編集でつくれるようなリングとか、ブレスレット。ジュエリーに限らず面白そうなものを年齢相応に合わせて取り入れていきたいと思っています。

−−それは若い人にどんどんRhinocerosを使ってもらって、最終的な目標としては、デザインのクオリティーが上がっていけばいいなみたいなことですか。

松岡:デザインのクオリティーも上がってほしいし、生産性も随分上がってきますし、本当に素晴らしいソフトだと思います。今のティーンエイジャーは、3Dの概念が簡単に理解でき、適応性があるので、将来が楽しみです。

ただ、すべてのモノ作りがRhinocerosを使用しなくてはダメなわけではありません。コンピュータを使ったことがない職人さんがRhinocerosを使うとかなり難関に感じる人が多いですが、そういう彼らには素晴らしい手づくりの技術があるのだから、無理して学ぶ必要はないと思います。CADが進んだからといって、手作りがなくなるわけでもないと思っています。うまく共存できればいいなと思っています。

●Grasshopperでジュエリーを

−−ちなみに当時松岡さんがRhinocerosを選んだ理由というのは、もうRhinocerosしか選択肢がなかったということですか。

松岡:SolidWorksやAutoCADはけっこうごつい感じで、自由に形状できるのはRhinocerosです。でも、私はT-Splineもたまに使っていますし、Z brushも取り入れられたらよりオーガニックなモデリングができると思っています。それから今、Grasshopperを使用し始めました。

−−Grasshopperでジュエリー、すごいですね。

松岡:アメリカでGrasshopperでジュエリーを教えている人はまだいないですね。Grasshopperを取り入れたモデリングやクラスも増やしていきたいです。

−−また新しいアプローチのモデリングができるかもしれませんしね。

松岡:そうですね。今でも本当に学ぶことがたくさんあります。それがRhinocerosの面白さです。私の知らないこともまだまだあるでしょうし、いつも毎日新しい発見がありますね。

−−ありがとうございました。

 

■松岡さんのジュエリー作品からimage
Caribbean Rain ブレスレット(18 Kイエローゴールド&ダイヤモンド)


Lilac ネックレス(18 Kイエローゴールド&ダイヤモンド)


Island Showerブレスレット(18 Kイエローゴールド、ダイヤモンド&タヒチ真珠)


Island Shower_\br

Caribbean Rain イヤリング(18 Kイエローゴールド、ダイヤモンド&アクアマリン)


The Sex and the CityのCarrieを演じる Sarah Jessica Parkerがドラマで身につけた、Caribbean Rainラリエット(18 Kイエローゴールド、ダイヤモンド&レッドトルマリン)

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