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コラム

神が潜むデザイン

第44回:1,000年という時間/加藤亜矢子

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト[プロフィール]
加藤亜矢子(かとうあやこ):建築家、ムトカ建築事務所共同代表、奈良女子大学准教授。博士(学術)。1977年神奈川県生まれ、2004年大阪市立大学大学院前期博士課程修了、2004年~2008年山本理顕設計工場勤務、2010年ムトカ建築事務所設立。大阪市立大学非常勤講師、明治大学兼任講師、武蔵野美術大学非常勤講師、東京大学特任研究員を経て、2019年奈良女子大学准教授。作品に「ペインターハウス」「小山登美夫ギャラリー」「天井の楕円」「WOTA office project」など。受賞に、東京建築士会住宅建築賞、住まいの環境デザインアワード優秀賞、グッドデザイン賞など。
https://www.mtka.jp/



●身体感覚としての建築の時間

私は建築家として建築設計の仕事に携わっている。3年前から奈良の大学の教員になり、事務所のある横浜と奈良との2拠点生活が始まった。横浜は歴史が浅い。その始まりがペリー来航だとすると160年余りか。これに対して、奈良は驚くほど歴史が深い。プロジェクトのリサーチで場所の歴史を調べはじめると、すぐに1,000年を超えた話になる。

さて、私たち建築家の仕事は、新築の仕事は減ってきていて、いわゆるリノベーションの仕事の割合が大きくなっている。初めてのリノベーションの仕事は、築10年の住宅のリノベーションだった。その後、築20年の住宅、築50年の住宅、築70年の銀行建築、築150年の旅館建築……というように、歴史を遡るかのように、徐々に築年数の長い建物と付き合うことになる。

工事に入って壁や天井を剥がし、その来歴が露わになると、建築にとって10年とは、50年とは、100年とは、いったいどういう時間なのかと思いを巡らすことになる。こうして、身体感覚として時間の長さを理解していく。

いつも思うのだが、物事の本質を数値や理論だけで理解することは難しく、見て触れて考えて、身体感覚としてようやく理解していける。生身の人間としての建築家は長くても100年くらいしか世界を眺めることはできないが、頭の中ではそれ以上の時の長さを想像することができるようになる。

●時間軸の中でのリノベーションの実践

ここで、こうした時間軸を意識することになった2つのプロジェクトを紹介したい。

築20年の住宅のリノベーションでは、私たちは既存住宅の2階の大きなワンルーム空間に楕円形状の穴の開いた、もう1つの天井を挿入し、構造・環境・居場所を解決する提案を行った。もともと木造の構造体が現しの建築空間は、20年という時を経た飴色の木材で満たされていた。

ここで問題となったのは、新たに設けざるを得ない木材の真新しい存在感である。新しい白木の材料と20年を経た飴色の材料がどうしても空間の中で融合しない。そこで私たちが選択したのは、もともとその住宅の中で使われていた材料(筋交として使われていた古材)を残しておき、それを新設する部材に用い、新旧の材料に違いが出ないようにする、という方法であった。また、真新しいカーテンがかかることにも違和感を覚え、20年間そこにかかっていた日焼けしたカーテンを解体、洗浄、染色、再縫製し、自然に生まれた染めムラで、20年の時を経た空間になじませた。

築70年の銀行建築のリノベーションでは、小規模分散型水循環システムを研究開発する企業のオフィスとラボを設計した。元々の建物は厳格なデザインのファサードと9m近い吹抜が特徴の近代建築で、歴代のテナントによって、吹抜に鉄骨で増床されるなど多数の改修が繰り返されていた。そうして今を迎えた空間はそのままでも十分魅力的で、強度と緊張感があった。ただ、幾度とない改修でツギハギされた建築は、断熱性能などの建物の基本性能は不十分で、空間の中で細分化された無数のエレメントも浮遊したような取り留めのない状況だった。

これらの断絶された関係性をつなぎ合わせる接続詞として「ランゲージ」と呼ぶ12の介入を行うことで、後世にも読み込めるコンテクストに書き換えることを試みた。これまでの70年の歴史を振り返るだけでなく、向こう70年の間に、他の建築家がさらに手を加えていくことを想定したリノベーションである。

●法隆寺の1,400年

さて、奈良のことに話を戻そう。ある日、奈良の学生たちとともに法隆寺を訪れた。言わずもがな、1,400年前に建立され、幾度となく改修を繰り返してきた寺である。その柱に刻まれるのは、幾重にもツギハギされた跡。腐ったところを取り除き、新しい木を埋め込む。ときには、柱が丸ごと交換されることもある。こっちの柱と隣の柱では、100年くらい年齢が違う。ある瞬間は、こっちの柱は100歳でこっちの柱は0歳。白木が鮮やかなときもあったことだろう。それが、今や、ほとんど分からないくらいの色味。手で触ってみると、年輪の深さから、歳の違いが読み取れるくらい。そうした、時を経たモノが放つ強さに圧倒された。

ちなみに、法隆寺で使われているヒノキ材は、主要な材料はすべて樹齢1,000年を超えるという。樹木として育つのに1,000年、建材として1,000年と、途方もない時間の流れがそこにある。昭和の大改修では、1,000年もののヒノキを国内で入手することができず、材質の近い台湾産のヒノキが使われたそうだ。

リノベーションの経験を重ねることで、1,000年という時間の長さを身体感覚として僅かながら理解できるようになってきた。1,400年という時間とその中で幾度となく施された改修の歴史に思いを巡らす。すると、高々、20年の建物の20年前の材料に一生懸命色合わせしていた自分が至極ちっぽけに感じる。一方で、建築や林業に携わる人々の、こうした至極ちっぽけな努力の積み重なりによって、法隆寺は1,400年という時を迎えられたこともまた事実。

たまたま、向き合うことになった、なんてことない建築と、真正面から真面目に向き合って、できる限りのことをやっていこう。ただ、その時に、その建築の、せめて100年後の姿は想像しながら。神が潜むかのような建築を眼前にして、そんなことを考えた。




(2022年9月22日更新)





▲築20年の住宅のリノベーション「天井の楕円」。Ph:Kenta Hasegawa。(クリックで拡大)



▲築70年の銀行建築のリノベーション「WOTA office project」。Ph:Yasuhiro Nakayama。(クリックで拡大)



▲1,400年前に建立された法隆寺の柱。(クリックで拡大)


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