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コラム

神が潜むデザイン

第37回:空間における細部のチューニング/西澤徹夫

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
西澤徹夫(にしざわてつお):建築家。1974年京都府生まれ。2000年東京芸術大学修士課程修了後、2000年~2005年青木淳建築計画事務所勤務。ルイヴィトン銀座店、青森県立美術館 基本・実施設計・監理を担当し、2007年に西澤徹夫建築事務所開設。2019年京都市美術館(青木淳と共同)、2021年八戸市美術館(浅子佳英・森純平と共同)。2020JIA日本建築大賞、2021年日本建築学会賞(作品)、第62回毎日芸術賞ほか受賞。
Ph:Maetani Kai



昨年開かれた「ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」展の会場デザインをしたのですが、そのこととディテールについて考えてみました。と言っても会場デザインのそれについてではなく、ロニの作品とインストールについて。

ロニ・ホーンにはとてもミニマルで静かな表現でありながら、詩的で情動的なものを作品の向こうに感じます。会場の構成や壁の色やプロポーションについてあれこれやり取りをするのですが、作品ごとにどのようにインストール(設置)するかはおおよそ決まっているので、それをベースに会場に合うようにもろもろの調整と設計を進めていきました。

たとえば「Pi(パイ)」というシリーズは被写体となった夫妻やテレビの画面を写した写真が、展示壁の視線よりちょっと上に、展示室を一周回るように展示されます。これによって鑑賞者は作品を見上げることになるのですが、写真群が閉じた円環を示すことで、被写体の日々が永遠にも近い繰り返しのなかに、どこか見る者の世界とパラレルな世界として現れるのを感じます。同じ目線の高さではこの「遠さ」は生まれなかったでしょう。この作品の設置の仕方、本来「作品」である写真をちょっと高めに展示すること、ここにこの空間全体を作品が支配することになるディテールとしてのアイデアがあると思います。

もう1つ、「静かな水(テムズ川、例として)」は、テムズ川の水面を写した写真に小さな数字が書き込まれていて、画面下部にキャプションがついているという作品です。そして作品が掛かる壁には、渋いグリーンが塗装されています。これもロニのスタジオから指定のあった色です。

テムズ川はロンドンを流れる大河で、それ自体が観光名所となっていますが、自殺や殺人のとても多い場所でもあるそうです。そして川の水は本来透明であるはずですがいつも濁っている。水面の反射と波紋がなければ水とは分からないような、濁った、しかしいろいろな表情を持つ川面の写真がいくつも並んでいる、その背景が、おそらくその濁りに寄せたイメージのグリーンに塗装されているのです。こちらは見る者をとても深淵な水底(一度沈んだら浮かび上がってこないとか)へ誘う空間のサイズ(すこし小ぶりです)と深い色をしていて、このことは単にイメージに色を寄せたという意味以上の効果があるように思えます。

こうした細かな指示は、作品の一部であり、展示要素でもあると言えます。展覧会は、作品以外にも、あいさつから始まって、概要文、タイトルバナー、キャプション、あるいは出口サインまで、実にさまざまな「要素」の組み合わせでできています。それらがどのような姿でどのように配置されるか、というのは展覧会を1つのメディウムとして見たときにはとても重要なことで、それがうまくいかなければ空間としての調和が生まれないようなものです。

そして同じように、作品それ自体をどの間隔で、どの高さに設置するか、あるいは作品に合わせて空間に色を与えるか、照明の仕方、など、無形の要素もたくさんあります。これらはすべて展覧会を作り出すために、実に多くの検討の結果としてあります。

ここにおけるディテールとは、細部のモノとモノの納まりの現れのことというよりは、作品がどのように見る者のなかに入っていけるかを決めるとても繊細なスケールとしてあるように思います。設置高さと視線の関係におけるスケール、空間の照度と色相のスケール、といった、形状を持たないけれどもそうでなくてはならないような細部のチューニングです。

ある大きさを持った空間がメディウムとなるためには、このようなギリギリのスケールの操作にこそ、ディテールが必要になるのです。




(2022年2月17日更新)




▲「ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」展より。Ph:高野ユリカ。(クリックで拡大)



▲同展より。Ph:高野ユリカ。(クリックで拡大)






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