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コラム

神が潜むデザイン

第22回: "種の進化"のように生まれるモノの強さ/上島弘祥

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
上島弘祥(うえしまこうしょう):株式会社TIDS代表、インダストリアルデザイナー。1979年生まれ。パナソニック勤務の後、渡独。yellow design gmbh勤務を経て帰国。2015年にTIDSを設立。大手グローバル企業のプロダクトデザインやアイデンティティ開発をはじめ、国内外のエキシビジョンブースのクリエイティブディレクション、インスタレーションなど、人の生活に関わるあらゆる産業領域を対象としたデザインを行う。Wallpaper* Design Awards / Winner、Red Dotデザイン賞、 iFデザイン賞などの国際デザイン賞受賞。多摩美術大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。



神がこの世に産み落とした生命は、それぞれの〝種の進化〟によって、その時々を強く生きるための必然の姿へと導かれてきた。

●ドイツと日本のモノづくりに見た
類似点と差異


32歳の頃、8年間勤めた日本の家電メーカーを辞め、渡独。現地のデザインスタジオで3年間働いた。いずれ日本に戻り自身のスタジオを構えるつもりだった私は、ドイツの工業デザインに”日本に似た何か”と”決定的に違う何か”を見出し、学び、持ち帰ろうと考えていた。

まず先に見えてきた日本との類似点、それは家電や自動車などの製造業が国の産業を大きく担い、デザイナーは企業の高い技術資産を製品価値に落とし込む役割を担っている点だった。製品価値を構成する主たるものは、デザイナー固有の思想や創造性を尊重する傾向にある他の欧州諸国と違い、主役はあくまで企業の技術的価値であった。

一方の決定的な違いは”企業アイデンティティに対する意識”であった。ドイツの企業は、己の起原とその専門性が何たるかを強く自覚し、それを研ぎ澄ませていくようにモノづくりを行い、同時にデザイナーもその価値を掌握し、過去から続くその企業のアイデンティティの進化の延長線上に製品を生み出そうとしていた。

そんなドイツには、メルセデス、ライカ、リモワ、ミーレのような名だたる企業が多くある。彼らに劣らず日本企業の製品も高い機能性を有しながら、ドイツ企業の製品は世界の人々から生涯の夢や憧れとして追い求められている。この違いを生む要因こそ日本の製造業のために持ち帰るべきものだと思い、それが何なのかを見つけ出そうと考察に勤しんだ。

●アイコニックな姿が”信頼と憧れ”という
インタラクションを生み出す


私のいたスタジオの仕事を含め、私にとってドイツのモノづくりの多くは、長い進化の過程の中で企業のDNAと時代の適合性を見出す、言わば生命の種の進化を進める作業のように見えた。

例えばリモワの製品を挙げてみる。彼らは「人の移動において、快適に、確実に荷物を運ぶ道具」という専門性を頑なに貫いている。その専門性を果たすためのリブ構造のジェラルミンおよびポリカーボネイトからなる筐体は、スーツケースの代名詞とも言えるほど世界中の人々に定着するアイコンで在り続けながら、時々の状況に応じて細かなアップデートがなされ、進化している。

そうして製品上に表れた彼らの明快なアイデンティティは”快適に荷物を運ぶ道具という専門性”に対する信頼を生み、たった1つの機能価値を磨き上げてきた彼らの知恵と時間の集積の結果に多くの人が憧れる。ドイツの製造業には、先に挙げた企業を含め、このようなモノづくりの姿勢が染み付いているように思う。

日本にも同じように専門性を研ぎ澄ませながら進んでいるように思われる企業がある。カメラなどの光学機器を製造するSIGMAという企業体は、高画質のための道具であることに専念し、場面ごとにカテゴライズされた明快なレンズラインナップや、握ると自ずと脇が締まり構えがブレない本体形状など、生み出す製品のすべてはただその専門性を発揮するためだけに考えられている。他の何にも目をくれず、高画質な絵を撮ることだけを追いかけた機能性と実直さが、一目見てその企業の製品と分かるアイコニックな姿としてプロダクトデザインに落とし込まれ、だからこそ所有したいと思わせる魅力が感じられる。

このように、1つの固有種が己の独自性を研ぎ澄ませ続けた結果として生まれたような製品に、神の産物とも言える”生命の種の進化”のようなクリエイションを感じてしまう。

●アイデンティティの追求が、
モノ、企業、人の強さを生む


独立して間もなく、印鑑をデザインすることになった。デジタル化の波に加え、象牙などの希少印材の流通の制限が強まる中、”上質な印鑑”への新たな答えを再定義してほしいという依頼だった。長く根付いてきた印鑑に新たな価値が見出せるのかという不安に、前述の種の進化のようなクリエイションで臨んだ。クライアントの株式会社はせがわは、戦後、給料の受取りに必要な印鑑を持たない兵士に、初代が木材に名前を彫り、配ったことを起源として生まれた会社だ。そこから台木 (ゴム印の持ち手) を作り始め、日本有数の台木メーカーとなる。

この台木メーカーの種の進化として生まれたのが、OW:(オウ)という印鑑だ。本漆を纏った本体を握ると、側面のくびれに指が吸い寄せられ、印面が紙に密着し、明瞭な印影が映しだされる。印面の周囲がわずかに窄み、印鑑が倒れた際も朱肉で書類が汚れることを防ぐ。結果として、印鑑の本質的な価値は、印面に刻まれた持ち主のアイデンティティであり、その意思が明瞭に映し出されることだと伝える姿が、台木そのものの進化を探ることで生まれ、アイデンティティを重んじたり、重要な意志決定をしたりする人たちへの新たな答えとなった。

デザインに限らず、モノづくりにおいてその企業体のアイデンティティを進化させようとする姿勢は、結果的にその企業自体を強くすることにつながると考えている。磨き続けられた固有の強みから生まれた製品は信頼を生み、誇りとなる。人間もそうだ。社会の中でその人にしかできないことで誰かに求められた時、その人の存在意義は強くなる。

Create(創造)とは、本来、神が創造したCreature(生物)から生まれた概念であると思う。

だから、物も作り手も人も、どんな時代であっても種の進化のごとく生きていくことは強いのだと信じている。


(2020年10月15日更新)



▲リモワの広告。LVMHの公式サイトより引用。


▲最新のリモワの製品「Check-In M」。



▲SIGMAのデジタルカメラ「dp3」シリーズ。(クリックで拡大)





▲「OW:」製品画像。(クリックで拡大)


▲「OW:」の使用状況。(クリックで拡大)


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