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コラム

神が潜むデザイン

第21回:建築家 村野藤吾による「谷村美術館」/犬飼裕美

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
犬飼裕美(いぬかいひろみ):1984年生まれ。ソニー(株)クリエイティブセンター デザイナー。名古屋市立大学 芸術工学部 視覚情報デザイン学科にてプロダクトデザインを学び、2008年ソニー入社。オーディオ、カメラ、携帯電話など、さまざまな製品のプロダクトデザインおよびCMF(Color, Material, Finish)デザインを担当。
https://www.sony.co.jp/SonyInfo/design/



「圧倒的な美しさに、言葉を失ったこと」

突然だがこのコラムを読んでいる皆さんは、そんな経験をしたことがあるだろうか。それはいつ? どこで? なぜ?

神が潜むデザインというテーマを語る…リレーコラムを引き受けたものの、語るには畏れ多く、また、どの切り口で語ればいいのか難しいテーマだ。だが、このテーマを聞いた瞬間にパッと浮かび、筆をとらせた「空間」がある。それは「谷村美術館」(新潟県糸魚川市)だ。作り手の"想い"が宿る圧倒的な美しさに、心を動かされた私の体験、そしてデザインに込める想いについて語りたいと思う。

●村野藤吾との出会い

巨匠の作品を私が紹介するのも畏れ多いが、谷村美術館は建築家 村野藤吾によって設計され、1983年に開館した新潟県にある美術館だ。館内展示室には木彫芸術家 澤田政廣の仏像作品が展示されている。

谷村美術館を知った当時、学生だった私は、建築家 村野藤吾についてはほとんど知識がなかった。大学の図書館に置かれていた"かっこいい階段が表紙の建築家の本"とたまたま出会い、建築学科の友人にディテールの凄さを話したところ、村野藤吾について盛り上がった。その流れで谷村美術館の存在を教えてもらった。せっかくなら行ってみたいので、その友人と新潟旅行を計画し、実際に訪れてみたところ、その「圧倒的な美しさ」に言葉を失ったことを覚えている。

稚拙な言葉を使うと、ちょっと怖いとすら思った。なぜなら、その完成度の裏には、一体どれだけ考察を繰り返したのだろうかという、そんな思いがよぎったからだ。自然光と人工照明に照らされた、やさしいフォルムの白い壁の中を歩いていくとふわりと現れる展示物。それらは光によって空間の中に浮かび上がっていた。私自身は何かを信仰しているわけではなく、当時も仏像に特別な思い入れがあったわけではないが、建築と一体となった展示は本当に美しく、純粋に心を動かされたのを覚えている。

この美術館の展示物は設計前から決まっていたそうだ。この建物は、展示物に対して敬意と愛をもって設計したことが伝わる建築だと私は思う。この美術館の自然光はかなり印象的だが、木彫り作品が痛まないよう、直射を避ける配慮がされている。また木彫りと一体感のある壁の質感や、繋がりを感じる地面と建物の設置部の造形などのディテールは、とくに職人と試行錯誤を繰り返しながら一丸となって作り込んだそうだ。入口までの回廊も、整然と並ぶ柱とやわらかな壁の丸みが心地よく、鑑賞前の心を整理してくれているようである。

ぜひ機会があれば読者のみなさんにも訪れていただきたい。とにかく、展示作品と出会うための、おもてなしをしてくれているような建物なのだ。展示作品やそれを見に来る人に敬意を払い、徹底的に考え抜いていないとこの設計は生まれないだろう。そこには村野藤吾の愛を感じる。展示物が仏像だから今回例にあげたわけでは決してないのだが、そういった、対象への滲み出る想いが「神が潜むデザイン」への大事な要素だと私は思う。

●リスペクトをこめたデザイン

自分のデザインについて込める想いについて、1つ事例を紹介しようと思う。私が以前デザインしたショットガンマイクロホン「ECM-B1M」は、天面に特徴的な8つの穴(マイクカプセル)を持つ、弊社のカメラ用アクセサリーである。これまでの一般的なガンマイクはその収音原理上、筒型デザインのものがほとんどだった。ECM-B1Mはそれら筒型の従来のマイクとは異なるアレイマイクによる収音構造となっており、各マイクが収音した音をデジタル処理をして指向性を切り替えることができるのが特徴である。

このマイクの特徴は、音響設計者やメカ設計者と膝を突き合わせて、聞けば聞くほど面白かった。ある程度、マイクの大きさや長さが"良い音"の象徴であることはオーディオに携わってきた経験から身に染みていたが、今回の技術はマイク部分の物理的大きさが”良い音”に直結しているという従来の発想とは異なるため、躊躇なく小型化ができる。

平べったい四角い箱に天面を向いたマイクが並んでいる様は、この特徴的な配列と薄さがみえるカタチにしたいと思い、デザインした。マイクらしい形を踏襲せず、あえて従来とは違う言語にしたデザインには、この新しいマイクを実現しようとする設計者や企画者、そのアイデアへのリスペクトを込めた。そして、このスタイルがユーザーにも新しい体験価値を与えられることを願って、彼らと想いを1つに、徹底的に小型化を目指した。

今回調べて知ったことだが建築家 村野藤吾が谷村美術館を設計したのは92歳、亡くなる1年前だそうだ。私は彼のまだ半分も生きていない。到底比べるに足らないのだが、対象を尊重して、愛をこめてデザインしていきたいという思いは変わらないと信じている。

私がデザインするものには関わる人が多くいる。商品を手に取り、実際に使用してくれるユーザーはもちろんだが、その前後にも、本当に多くの人が関わっている。その人々との化学反応があるから、一人で考えるよりもさらに面白いモノ・コトが成立する。自分だけでなく仲間の“想い”も自分のデザインが背負うことを意識して、また今日も頭を悩ませ、楽しんでいきたい。


(2020年9月14日更新)



▲谷村美術館の全景。(クリックで拡大)。
写真は公式サイトより引用



▲谷村美術館の回廊。(クリックで拡大)


▲谷村美術館の館内。(クリックで拡大)


▲谷村美術館の館内。(クリックで拡大)






▲筆者デザインによる「ECM-B1M」。(クリックで拡大)


「ECM-B1M」をカメラに到着したところ。(クリックで拡大)


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