ディテールに神が宿っているかは定かではないけれど、誰かの存在がディテールを作っていることは確かである。そうしたディテールを通じて会話ができるようになったとき、建築家として認めてもらったような気がしたことがある。そのディテールを作った建築家はもうすでにこの世にいなかったから、神と会話したということは言えなくもない。ゆえに、そこに神が宿っているいう言い方になるのかなと思っている。
●カルロ・スカルパのセンシビリティー
本コラム、建築を対象とするか、家具を対象にするかは悩むところであったが、家具と建築を双方デザインしていたイタリアの建築家、カルロ・スカルパ(Carlo Scarpa)を取り上げたい。日本にはスカルパファンは多くいるし、巷には数多くの彼の建築に対する文献やラブレターであふれている。僕がそこに新たなページを加えても仕方がないと思いつつも、ディテールについての話において、彼の建築を遠ざけるわけにはいかないのである。
今回お話ししたいのは、寡作な作品の中で、もっとも大きな仕事に分類されている「カステルベッキオミュージアム」。最高傑作という人も多くいる。14世紀に建てられた城を改修して、市立美術館にしたものだ。
この美術館について細かい説明は省くが、僕が学生時代にこのミュージアムについて知ったときに驚いたのは、その設計期間の長さである。8年かけている。図面は、現場に机を持ち込んで書いていたという話をミュージアムで聞いて感動。そしてベネチア建築大学に憧れ、イタリア語の教科書を買うところまでいくのだが…。結局留学することもなく、それから20年後に初めて滞在することができた。
彼のディテールについて考えるとき、彼がムラーノにあるガラス工房でデザインディレクターをしていたことを頭に入れておく必要があると思う。その期間、彼が物づくりにおいて学んだことが血肉になっていったことは容易に想像できる。特に彼の材料の扱い方は、ガラス工房での経験なくしては語れないはずで、ディテールそのものよりも、スカルパの材料におけるセンシビリティーこそ、もっとも僕の琴線に触れる部分なのである。
●カステルベッキオミュージアムにおけるディテール
さて、ディテールの話に戻していく。この建築には、いかなるディテールにおいても手ぬかりがない。どの部分を切り取ってもである。入り口の扉や、側溝のデザイン、部屋に入ってからのあらゆる展示台、照明の台。照明の球はオリジナルと違ったと思う。それが残念だったが(管理をする人にはその違いが分からなかったということだ)、それ以外は、見事としかいいようがない。その1つひとつに彼の息吹が込められていることは間違いない。
エントランスから嬉しくなるようなディテールに触れながら展示室に進むと、展示台にも唸るようなディテールが繰り広げられている。よく作ったなーと思うような芸の細かいものがある。よく曲げたなーというような分厚い鉄板を曲げただけの無骨なデザインもある。同時にそれらは建築のディテールへとつながっていくのである。扉や、窓枠、階段、見切りのようなものに至るまで、リズム良く空間を支配している。
しかしながら厳格なルールがあるわけでもないようだ。どちからといと、直感的にコンテクストに反応してデザインを楽しんでいるようにも見えなくもない。ゆえに、そのディテールを追っかけていくとなんだか楽しくなってきて、あっというまに2、3時間過ごしてしまう。そして気がつくのは、彼はまるでオーケストラにおけるコンダクターで、ディテールはいうなれば彼が作り出すリズムなのだと。そのリズムの心地よさこそが、彼が20世期に名前を残した建築家たる所以である。
●家具デザイナーとしてのスカルパ
家具デザイナーとしても活躍したスカルパは、家具のデザインをSimonに提供している。そのテーブルのディテールは、カステルベッキオミュージアムでのディテールの延長線上にあるようにみえる。どちらが先にあったのかはさておき、そのテーブルを見ればこのミュージアムを思い出す。
また、彼は家具のデザインを繰り返し修正したとされている。当時家具のデザインがデザイナーによって変更を加えられていくということはあまりなかったようだ。そうしたディテールの調整をメーカーと続けた結果、生産効率は上がり、結果メーカーの利益となって帰ってきた。今でこそ当たり前のイノベーションも、スカルパの物づくり対する執念から生まれたものだそうだ。これは、スカルパが仕事をしていたベニーニやカッシーナ(Simon)で仕事をしたベネチア出身デザイナーであるルカニチェットから聞いた話だから、文献こそ見つからないが信憑性は高いと思う。
こうして書いていると、麗かな春の日に、ミュージアムに訪れたときの気分がよみがってくる。そしてスカルパと会話をするために、また行きたいと思うのである。
(2020年6月8日更新)
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▲展示室がアーチ状の開口部を通じて連続していく。この空間にくるだけでも満足してしまうくらいに感動するのだか、序章にすぎない。(クリックで拡大)
▲エントリー付近にある自転車置き場。シンプルな構造でつくられたディテール。これを見るだけでも設計者の材料の扱いにおけるセンスが分かる。(クリックで拡大)
▲展示室はこちらという「→」だったと思う。(クリックで拡大)
▲床下を見てもらうための柵。木材、真鍮、そして鉄をつかっている。これは真似できない。とてもエレガントな柵。木をつかっている部分は、触ってもらうことを想定しているはず。いろんなディテールがこの柵には詰まっている。(クリックで拡大)
▲ドアハンドル。手で触れる部分に真鍮をつかっており経年による変化が美しい。(クリックで拡大)
▲壁からでてくる金物は、野暮なものがひとつもなかった。仕事もきれいだが、スカルパのディテールにおける作法は壁とのディテールによく現れている。(クリックで拡大)
▲ディテールの反復はリズム感を作る上での技術のようなもの。(クリックで拡大)
▲曲げた鉄板による階段。分厚さにも驚くが、切れ込みや踊り場でリズムをきるかのようなディテールを使っているところがなんとも憎い。(クリックで拡大)
▲人を誘い込むような階段。このあたりの段板の操作やデザインは流石というほかない・(クリックで拡大)
▲なんてことないディテールに見えるが、このコーナーをどうおさめるかは建築の質に関わってくる。(クリックで拡大)
▲チャーミングな柵。構造のユニークさと、丸鋼と丸座の合わせ方は「スカルパ先生お借りします…。」と心の中で了解を得てつかったことがある。(クリックで拡大)
▲石を掴む金物が萌えポイント。この手の材料の対比的な魅せ方はさまざまな展示什器に見られた。(クリックで拡大)
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