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コラム

神が潜むデザイン

第13回:静謐への尊いバランス/松井龍哉

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト松井龍哉:1969年東京都生まれ。2001年フラワー・ロボティクス社創業。自社ロボットの研究開発から販売までを手掛けている。 2014年松井デザインスタジオを設立し、幅広いデザインプロジェクトを展開。航空会社スターフライヤー社トータルデザイン。アルフレッドダンヒル銀座店 香港店設計。KDDI社ロボットデザイン。IHI社の電気自動車給電器プロトタイプデザインなど。作品はNY近代美術館、ヴィトラデザインミュージアム、V&Aダンディー美術館などにて展示。受賞:Good Design賞、ACCブロンズ賞、iFデザイン賞、Red Dot design賞。個展:水戸芸術館、POLAミュージアムアネックスにて。日本大学芸術学部客員教授、早稲田大学理工学部非常勤講師。
http://flower-robotics.com/  http://matsuidesign.com/



このエッセイの依頼を塚本カナエさんから受けた時に即浮かんだ2つの製品。

1)B&O/Beocenter9000
2)Leica/TL2

両製品ともに私の生活に欠かせない美しい機器であり、モダニズムの到達すべき崇高な美に一直線に辿り着いている。両製品の美しさがどこにあるかといえば、ユーザーの心象へ静謐を放つ清らかな佇まいと塊の感触。

先日、脳科学者(あの方ではない方)から「美しいとは?」という質問があった。デザインを生業にしている者としては「尊いバランス」と答える。「例えば?」と言われ「早朝の誰もいない湖に降り立った白鳥」とイメージで伝える。そこには宇宙から重力から物理から数学から遺伝子から一瞬でバランスの意味を諭される風景がある。全体にあるのは降り注ぐサブライム。場のすべてが連続した力の統一感に満ちていることである。

プロジェクトを依頼され工業デザインを行う時は、もちろんクライアントとの対話から始まる。デザインとしての正解を導くためには、使われるシーンの想定は欠かせない。製品が使われる現実世界の調査を徹底したら、次にその製品がどのような場にふさわしいかの理想に向かう。

ロボットのデザインではファンズワース邸にあるべきロボットを想像してみれば最短で正しいデザインへと到達できる。サヴォア邸の時もあればアイリーングレイのE1027の時もある。そこでは環境と製品がまさに湖と白鳥の関係を保つ静寂のサーフェースをトレースする。

●B&O/Beocenter9000

「Beocenter9000」はもちろん当時B&O(BANG & OLUFSEN)社のチーフデザイナーであったヤコブ・イェンセンの1986年のデザイン(発売は90年)。カセットテープとCDを両サイドに備えたアンプ内蔵のハードウエアの工業デザイン。

幅76cm×高さ11cm×奥行34cm、重量14kgと、筐体は大きく実際は存在感もある。しかし1986年時点でタッチセンサーの採用を決断をしたことで、表面にボタンの凸を出さずフラット面を作った。

その表面は機能を3つの面で分け、それぞれが緩やかな角度をつけることで、塊でありながらフラットなガラスとアルミニウムの3面で環境の一部になり、その環境を指先でなぞるようにタッチセンサーを操作する作法を生み出した。

例えば想像するにミース・ファン・デル・ローエならファンズワース邸に置く製品として承諾してくれるだろう-哲学と美学がそこにある-静寂と尊いバランスがそこにある。現在もまったくその作法に無理がないのはプロダクトが空間を見事なUI化で洗練させ浄化させるからである。

2001年デザイナーとして独立して最初に購入した製品である。以来常に事務所の私の机の横にあり、この製品の意味を日々自分に課している。余談だが、ヤコブ・イェンセンが亡くなった2015年に新型ロボットの発表した際、彼の家族に許可をいただき発想の源としてこのBeocenter9000を紹介した。

●Leica/TL2

近年この尊いバランスを保った製品に出会った。2017年の製品発表会に居合わせた私は即購入を決めて以来、生活をともにするLeica TL2である。デジタルカメラの広がりとともに標準化されたAPS-Cサイズ(イメージセンサー)だからこのサイズで実現できた製品。

工業製品のデザインの設計プロセスにおいて神経を尖らせるのは、人の手の中での一体感である。特に道具のデザインは手に持つ部分から構成し、ディテールは指先や手の中での納まりに身体との一体感を覚醒させる。

TL2のボディデザインは1kgの特殊なアルミニウムを削り出し、職人が徹底した磨きで作りこんだ堅牢性の高いフレームで構成している。この精巧な世界がたまらない人には最上級の仕事になっている。

ちなみにライカの公式YouTubeには、TL2の2世代前の「Leica T」のアルミボディをひたすら磨くだけの職人の45分間の映像がある。
https://bit.ly/2YY4nzN

このタイトルはなんと「The Most Boring Ad Ever Made?」。そこには神と対話している職人がいる。

TL2で特質すべきはライカでいう上面の軍艦部だ。惚れ惚れするぐらい何もない。シャッターボタンにonとoffの文字もない潔さ。ディテールについて細かく書けば切りがないのだが、本体を手に持った感触は瞬間で内面まで浄化される。ミースの建築体験でディテールに触れた時のあの厳かな静謐に向かうサブライム感がある。

●ミースへの帰還

近年の工業デザインの世界では、モノからコトのデザインへと"亜/設計"な機運に満ちていた。両方が尊いバランスを保ってインダストリアルデザインである。

ネットワーク社会の急発展で世界は多様性を認め、深掘りの自己認識こそがつながりの核となっている。認識する術の1つは、自分の心が通う趣との対話にある。だから相当にこだわりを持つデザインに共振し同一性を求める少数の細かすぎる当事者ネットワークが無数に乱立している社会。

今を生きるデザイナーの自分を客観視すれば、ミニマリズムを築く霊妙な尊さが内面を世界化しており、ミースが示した世界への深まりが増す方向を信じている。


(2020年1月10更新)

 


▲「B&O Beocenter9000」。著者がLeica TL2にて撮影。(クリックで拡大)
仕様などはBANG & OLUFSEN製品のリファレンスサイト「Beocentral」まで



▲「B&O
Beocenter9000」。著者がLeica TL2にて撮影。(クリックで拡大)


▲「B&O Beocenter9000」。著者がLeica TL2にて撮影。(クリックで拡大)




▲Leica「TL2」。(クリックで拡大)


▲上面の軍艦部はシンプルに徹した潔さ。 (クリックで拡大)



●著者の作品より


▲著者によるB&O社製品発表会の展示空間デザイン。この空間のために撮影した湖に浮かぶ白鳥の音と映像だけが真っ暗な空間に流れる。(クリックで拡大)


▲ファンズワース邸。著者がLeica TL2にて撮影。(クリックで拡大)


▲バルセロナパビリオン。著者がLeica TL2にて撮影。(クリックで拡大)


▲バルセロナパビリオン。著者がLeica TL2にて撮影。(クリックで拡大)


▲バルセロナパビリオン。著者がLeica TL2にて撮影。(クリックで拡大)


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