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コラム

神が潜むデザイン

第10回:「宇宙船とカヌー」を読む/廣田尚子

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト
廣田尚子:プロダクトデザイナー。東京都生まれ、東京藝術大学卒業。ヒロタデザインスタジオ代表。女子美術大学教授、多摩美術大学客員教授。GKインダストリアルデザインを経て独立。クリエイティブなマネジメントを立脚点にビジネスデザイン、製品開発をトータルにディレクションする。2014年Red Dot Design Award(ドイツ)、2015年グッドデザイン賞、2016年iF Design Award(ドイツ)、Red Dot Design Award(ドイツ)、グッドデザイン賞受賞。
http://www.hirotadesign.com/



●温度感と人間と自然の関わり

「宇宙船とカヌー」という本をご存知だろうか。著者はケネス・ブラウワー、訳者は芹沢高志氏(1978年に原著が出版され現在はヤマケイ文庫より文庫版で発刊)。

本書は、父フリーマン・ダイソンと息子ジョージ・ダイソンという実在の親子の生き方の中に、技術、エコロジカルな生活や世代間の断絶など、1960年~70年代アメリカのさまざまな姿を浮かび上がらせたドキュメンタリーのベストセラーだ。

父フリーマンは世界的な物理学者で、星への夢を巨大宇宙船オリオン計画やスペースコロニーに託す。息子ジョージは17歳で家を出て、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア沿岸の大自然の中での暮らしを選び、巨大なカヌーの建造を夢見る。交わることのない父子の2つの夢と生き方を2層構造で描いている。

神は細部に宿るというテーマで、この本を取り上げる理由は、ものづくりで湧き上がる「温度感」と「人間と自然の関わり」。

1つ目は0から1を作る人が織りなすエネルギー。音楽家である祖父から、宇宙科学者の父、息子のカヌーに託す人生のジャンルを超えて流れる美学に共感してしまう。2つ目はものづくり人である前に、人はどのように自然や環境と向き合ったらいいのかという、この10年程抱えているテーマについても向き合わせてくれる。現代生活が抱えている課題に、心を傾けて考えてみなければいけない論点が散りばめられている。約40年前に描かれたとは思えないほど新鮮な内容だ。70年代という時代のフィルターはあるけれど、ダイソン親子の生き様を通してさまざまな本質を問われる。

●技術は本来人間的なもの

父フリーマンをはじめとして、個性豊かなトップクラスの科学者が世界中から集まり、熱心な開発を続けるくだりでは、開発の現場がとても人間臭く生き生きと描かれている。私がデザインの仕事を通して知る限りだが、技術は人から生まれ温かい温度がある。この話でもそれが伝わってくる。

一般的には、技術は工業的でどこか無機的なイメージだが、開発の現場では夢や勢いやもどかしさなど悲喜こもごも、人間的な活気が立ち込めていて本当に面白い。専門や立場の違いはあるけれど、さまざまな夢を共有して温度が上がる。うまくいく現場ではプロジェクトを自分事化できる人が多い。そういう人が発するエネルギーは周りに伝播する温度が高いので、開発の現場は発酵に似ていると思う。

核になるキーマンやコンセプトが善玉菌、企画・設計・デザイン・営業など技術と知恵が養分で、メンバーの情熱が触媒といったところだろうか。持ち場の知恵や技術でふつふつと熱を発しながら成長し、発酵が進んで熟すように仕上がったら市場へ拡散していく。私はデザインを通して開発で味わうこの温度感が一番好きだ。

フリーマン・ダイソンが加わった宇宙船オリオン計画プロジェクトのくだりでも、同じ熱を感じることができる。ところで技術は何のためにあるのだろう。技術は本来人間的なものなのだと思う。先端技術であっても、技術は人の暮らしという生態系の中に宿していて、人が自然体でいられるよう、人に寄り添うように使ってほしい。それを開発の現場と生活者の両方の視点から肌身で感じて、社会へ伝えられるのがデザイナーなのだと密かに思っている。

●大きく美しいカヌーと自然

樹木の上に建てた秘密の小屋で生きる息子ジョージ・ダイソン。彼が手本として学んだ原住民の生活で使われるカヌーは、自然の恩恵を使い摂理に適った設計で機能するなど、芸術的なことも読んでいて楽しい。

ジョージはその基本設計を独学で研究して巨大なオリジナルカヌーを作っていくのだが、素材をジュラルミンとグラスファイバーに置き換えることで、動物を殺すことなく強度や軽量化、耐久性を高めて、原住民のカヌーにはないスケールの大きい美しいカヌーを完成させる。ものづくりをする人には、読んでいてワクワクする箇所が満載で列挙に暇がないのだが、一方で、自然物を手に入れて人間社会を作ることと人工素材が及ぼす環境への問題について、本には書かれていない現代が抱える課題が頭をよぎる。

自然の恩恵を受けて暮らすこと、技術の効果を人らしく生きるために使うこと。デザインに身を置く者として丁寧に答えを出していきたい。この本は、今後時代が変わっても本質に向き合わせてくれる大事な一冊として、これからも語りかけてくれるだろう。


(2019年10月7日更新)

 


▲『宇宙船とカヌー』の表紙カバー。(ヤマケイ文庫版)


▲著者による最近のデザインより。杖「BONLAB」(2019年グッドデザイン賞受賞)。(クリックでリンク)


▲著者がコンサルティングした牧場再開発プロジェクト「みんなの農場」(クリックでリンク)

 

 

 

 




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