●映画「POWERS OF TEN」の書籍
娘と立ち寄った図書館でふと、映画「POWERS OF TEN」(脚本・監督チャールズ&レイ・イームズ)の蔵書を発見した。マサチューセッツ工科大学で物理学と天文学を教え、本映画の語りも務めたフィリップ・モリソンと、その妻フィリス。そして出版時にはすでに亡くなっていたチャールズ・イームズの事務所による共著である。
映画製作を通してその時代を生きる人々にスケールの関係性を知ることの面白さや概念を伝えたいという想いが溢れたこの1冊の本が、何か今の自分にとってとても重要に感じた。人間の力が及ばない極大そして極少の世界に神を感じる私は、この本の概念をベースに、このコラムのテーマである「神が潜むデザイン」について考えたい。
●大きなものを生み出す技術・素材、そしてデザインとの融合
映画では地球上空から人間が手を加えた様子が見え始めるのは100km(10の5乗)の高さ。シカゴの人口集中地域の格子模様の街路や競技場や建物が見えてくる。書籍では長さが1kmを超える独立した建造物の完成例としてジョージ・ワシントン橋という吊り橋が紹介されている。
現在最も長い吊り橋は明石海峡大橋。その長さは4kmで世界最長。この吊り橋を可能としたのは水中不分離性コンクリートと高強度ワイヤーの開発と言われている。すでに世界中に知られる日本の土木技術の高さ、そして素材開発力が際立った建造物と言える。とても誇らしい事例ではあるが、ただ、美しい橋かと言われると個人的にはそうとは限らないと感じる。私が通っていた中高学校は東京西部の山中にあった。毎日吊り橋を渡って通っていたのだが、6年間で一度も同じように美しいと感じたことがなかった。どちらも「渡る」ことを解決する以上の魅力を感じないのだ。
ノルウェーにハルダンゲル橋という橋がある。2013年に開通した比較的新しい橋だが、主塔の太さと高さのバランス、コンクリートのパターン、そして薄い桁と主塔の太さとのコントラストも良い。サイドに引かれたオレンジのライン。洗練された雰囲気は周りの山々との景観を一段と上げる素晴らしさがあり、人間が作る極限のこのプロダクトは、デザイナーがどのように介在し生まれたのか、もしくは設計士が素晴らしいデザインセンスを持ち合わせていたのかとても気になっている。
大きなものは、多くの人々が関わる中でさまざまな条件が整った上で、芯ある造形への思いを貫き通すことで立体物として飛躍した存在となると思っている。
●小さな世界を知り、デザインで導く新たな発見
昨年、機会があり伊勢型紙の職人をご紹介いただいた。三重県鈴鹿市に伝わる国指定伝統的工芸品で、友禅、ゆかた、小紋などの柄や文様を着物の生地を染めるのに用いるもので、千有余年の歴史を誇る(伊勢形紙協同組合Webサイトより)。
和紙を貼り合わせた型紙に熟練の職人が道具を使って彫る技が素晴らしく、刃物が身体の一部となり、細かな作業が繰り返される様子は、まさに神業としか考えられない。「POWERS OF TEN」で1cmの高さから見るシーンは寝そべっている男性の手の皮膚の皺のアップで、肉眼で判断できる限界のサイズだ。伊勢型紙職人はこのレベルで型紙と対峙する。人間だからこそ可能な力の入れ具合によるゆらぎを表現できるという。当然図案師や染色家などさまざまな人との協働で完成していく。
私が5年ほど続けているセルフプロジェクト「INHERENT:PATTERN」では、国内外のさまざまな広葉樹を薬剤で一定期間加工し、それぞれの木が持つ“ 固有のパターンの美しさ” を表出させ、ジュエリーや建築金具、時計などのプロダクトとしている。独自加工により姿を変えた木々はミクロの世界を私たちに伝えるとともに、吸い込まれるほどの美しさを持つ。木材に関わる現場の方々、また研究に携わる方々も、その表情がどうして生まれるのかを明確に説明できる人がおらず、同じ視点で驚きを共有できるのも面白い。
●世界は未知な事象に溢れている
書籍「POWERS OF TEN」を改めて深く読み進めると、人間が小さな存在でデザインが関与する範囲がとても狭いことを改めて知る。そしてその範囲の中でも知らないことがまだまだ多くあることを実感する。それぞれの職能が結びつきが新たな発見を生み、結果的に「神は細部に宿る」という言葉が象徴的に表した「完成度」に到達するのではないだろうか。
昨年から「素材を切り口に日本のクリエイティビティを世界へ発信するデザイン展MATERIAL IN TIME」を香港PMQで企画主催している(今年は12月に金属をテーマに開催予定)。日本の素材・技術メーカーや職人とデザイナーが協同してそれぞれのクリエイティビティにより素材の魅力を作品や製品へ昇華させるといった取り組みだ。デザイナーは技術者や職人と出会い、新たな可能性を発見する。
次回のMATERIAL IN TIMEに向けて、私自身もある生物の構造美をモチーフとしたアイテムをデザインしている。肉眼では確認することはできないが、現代の電子顕微鏡の技術のおかげで感歎するほどの美しい構造が見える。未知の発見は創造力やデザインのモチベーションにダイレクトにつながっていく。ものに溢れた時代と言われているが、同時に世界はまだまだ未知な事象にも溢れている。
デザイナーである上では、いつまでも新たな発見に胸を踊らせる人でありたい。
(2019年8月14日更新)
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▲『パワーズ オブ テン―宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅』(1983年日経サイエンス刊)。
▲ノルウェーのハルダンゲル橋。Wikipediaより引用。(クリックで拡大)
▲「くさびら青海」伊勢型紙職人、那須恵子氏による突彫り。(クリックで拡大)
▲筆者のセルフプロジェクト「INHERENT:PATTERN」より時計。(クリックで拡大)
▲「素材を切り口に日本のクリエイティビティを世界へ発信するデザイン展MATERIAL IN TIME」より。(クリックで拡大)
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