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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その68:日本人とお風呂のはなし

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。




●お風呂大好き!

今は世界中どこに行っても日本食が食べられる。だから日本食の禁断症状はそれほど深刻ではない。しかし海外生活が長い場合、それよりも深刻なのがお風呂問題なのである。

実は湯舟に、首までゆったりと浸かれるのが可能なのは世界的に見ても日本くらいしかない。そして日本はいたるところに個性豊かな温泉が湧いていて、この違いを楽しむだけでも素晴らしい「健康テーマパーク国」なのである。温泉を満喫した後、旅館の部屋に戻ると、テーブル一杯に、刺身やら天ぷらやらご馳走が並んでいる瞬間は最高なのは誰もが経験しているはずである。自分は世界58か国をバックパッカーで滞在して、改めてこの日本のお風呂文化のすばらしさを再認識した。日本人の寿命が長いのも、このお風呂文化の習慣に関係しているのではないだろうか。

入浴にはメンタル的なリセット機能もあるし、血行が良くなり、疲れもとれる。そして、このお風呂文化の背景には、日本という国が良質の水に恵まれているかということが深く関係している。水道水をがぶ飲みできる国は世界中探してもない。日本は世界でも珍しい「水の国」でもある。

●海外のお風呂事情

海外に行くと、水とお湯がほんとうに貴重な存在であることを痛感する。南米の安宿に泊まった時のこと。長時間の歩行で疲弊して、暑いシャワーでも浴びようかとシャワールームにいくと、なんと、頭上のタンクに電気湯沸かし器のパーツと思われる金属のワイヤーがむき出しでぶら下がっていた。感電しそうな恐怖感があったものの、時折火花をスパークさせながら、覚悟を決めてシャワーを浴びた記憶がある。しかし、熱湯と冷水が交互に出てきて、あれは温冷交代浴を意図したものだったのかもしれない。でも、もしかしたらこれで死ぬかもしれないと思った。

一方で、サンパウロの日本人街のホテルに宿泊したときのこと。何も期待していなかったのだが、安ホテルの浴槽は、昭和の日本人にはなじみの深いユニットバスがあったのである。脚は伸ばせないが、膝を抱えて身体を小さくしてお湯に入れば首まで浸かることができた。このありがたさは半端なかった。首までお湯に浸かれることは本当に日本人にとっては非常に大事なのである。この時は、地球の反対側にいるにもかかわらず、日本にいるような錯覚を感じた。多分、昔に移民でこの地にやってきた日本人が切望して、船で苦労して調達してきたのだろう。その気持ちがよく分かる。海外の浴槽のほとんどは、元の発想が洗面器の延長線上の形状なので、そもそも首まで浸かるのは不可能なのである。根本的な入浴に対する違いがある。

幼少の頃から銭湯通いだったこともあり、今でも昔ながらの銭湯が大好きである。銭湯では、かなりの確率で大きな富士山の絵が描かれている。それを観ながらゆったりとお湯に浸かるというのが日本人的な嗜好でもある。これは海外から見ればかなり異質で興味深いことだと思う。大学時代も銭湯通いで、よく湯気を立てながら夜の授業を受けていたこともあった。グラフィックの課題でも、銭湯マップを作成したら上位の評価をもらった(写真1


●個性豊かな銭湯建築

銭湯建築って、なぜか二条城のような佇まいのものが多い。最近は再開発でどんどんなくなってしまっているが、こういう昔ながらの銭湯は何とか保存していきたいものである。最近はサウナブームで、銭湯もまたにぎわいを復活させていると思うので、建築そのものにもリスペクトがあってほしい。あの高い天井に水の音が反響するような音場空間、縁側から庭が見えて、池の鯉が泳いでいたりとか、とても風情があるではないか。腰に手をあててコーヒー牛乳を飲むのもまたお決まりの1つであるが、以前、ブタペストのトルコ建築のサウナに行ってみた時、出口付近で、腰に手を当ててドナウ川を観ながらガラス瓶の牛乳を飲んでいる現地の人を見たことがある。申し訳ないが笑ってしまった。

大学の仕事の関係で、大阪の天王寺に宿泊することが多いのだが、10分も歩くと、西成地区と呼ばれるエリアがある。職安があることも要因であろうが、このエリアだけが物価が異常に安く、治安がすこぶる悪いので有名な地域。しかし、このエリアには銭湯がたくさんあり、とても個性豊かで楽しめるのである。街中のいたるところに、盗難注意の張り紙があることでも察しはつくので注意は必要だ。銭湯の中のロッカーにも、盗難注意の張り紙が一面に貼られている。自分は、ホテルにカード類は置いて、最小限の現金をコンビニ袋に入れて銭湯探索と西成探索を楽しんでいる。

このエリアの銭湯は、とにかくどれもガラパゴス的に個体差が激しくて興味深いのだが、大阪共通の入浴料金でも広い露天風呂があったり、通常は別料金のはずのサウナが、別の入口を利用することで無料で使えたりとか、不思議なシステムが現在もいろいろと残っている。とにかく、安くて面白い。歴史を感じる建物も多く、インテリアも大昔のモノが現役で、テーマパーク的な楽しみ方ができる。そういえば、通天閣の足の1つにも銭湯があって、ここは早朝から営業している。通天閣を眺めながら入れる露天風呂もついているのでおすすめ。

●ユーザー目線のデザイン

まあ、こんな感じでお風呂は大好きなのだが、本業のデザインの仕事でもお風呂をデザインしてきた。TOTOのスーパーエクセレントバスシリーズは、およそ四半世紀経った現在でも好調な売れ行きのロングセラーである(写真2、3)。それまでは、上から見て左右対称形の浴槽を思い切って、左右非対称の自然の景色のメタファーとして造形した。すると、無機的な形状の浴槽とは異なる、自然界の露天風呂にいるような気持になってくる。それまでは、浴槽の図面はすべて上からのビューで考えていたのを、3D CADで入浴中の視線を考えながらデザインしてみたらこのようなデザインになった。電化製品と違って一度買ったら20年以上は使うアイテムでもあるため、長く売れ続けているのは作者としてもとても嬉しい。

自分でデザインしたものって、「ここをこうすればもっと良くなったのに」など後からいろいろな課題が出てくるので、あまり自分では見たくないのであるが、この浴槽シリーズは例外で自分でも使っているし満足している。お風呂がよっぽど好きだからかもしれない。使う側にどこまでデザイナーが感情移入できるかどうかって、とても重要なことだと思うのである。

 


2024年4月1日更新




▲写真1:大学時代に作成した銭湯マップ。(クリックで拡大)


▲写真2:TOTOのスーパーエクセレントバスシリーズは、およそ四半世紀経った現在でも好調な売れ行きのロングセラーである。(クリックで拡大)

▲写真3:スーパーエクセレントバスPVZ1800の部分。(クリックで拡大)




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