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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その61:「モノの寿命」について

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。



●50年前のカッターナイフ

今手元に、1本のカッターナイフがある。実はこれ、なんと、中学生の時に初めて買ったカッターナイフなのである。現在もまったく問題なく現役だし、買い換えたいとも思わない。詳しい名称は「NTカッター A300」というものなのであるが、気が付けば、いつも最上段の引き出しの中に定番として入っている。かつては白かった本体のABSプラスチック部分は黄変しているものの、機能的にはまったく問題なく、歯の部分の移動がカチカチと小刻みにスムースに動くのが現在もずっと心地よい。私と同じような人は少なくないのではないか。

市場のどのカッターナイフよりもこの50年前の製品のほうがいいくらいだ。太さといい滑り止めのギザギザの感触といい申し分ない。雰囲気的にはちょっと事務的な感じで色気もないスタイリングであるが、逆にこれが安心感につながっている。おそらくまだまだあと100年くらいはこのカッターナイフは現役でいられるのではないだろうか。ほんと凄いと思う。そして、カッターナイフの替え刃のフォーマットがもう、50年以上も不変であることも評価に値することだ。ここには変えない美しさがある。

●変わらないデザインには理由がある

以前13年ほどグッドデザイン賞の審査員をしていた。そのうち半分以上はユニット長という責任が重い立場で審査にあたっていたのである。その経験の中で、非常に残念だったのは、せっかくグッドデザイン賞を受賞した製品なのに、受賞の発表のタイミングで、市場では次の新製品の別なデザインに切り替わっていて、もう受賞した製品を買うことができないケースがとても多かったことだ。

当時はたくさんのアイテムで毎年のように、変えるためのデザインが行われていた。購買意欲を刺激するために新製品に見せるのである。その反面、このカッターナイフ「NTカッター A300」はスーパーロングライフデザインとして筆頭に挙げられるもののような気がする。

長く使える変わらないデザインは変えないことに理由が存在する。「完成度」が高いから変える必要がないのである。変える余地があるデザインというものは、逆に不完全なデザインだったのだと思う。技術の進歩に伴い、軽量化、小型化、省エネなどで全体フォルムの調整というのはあると思うが、単に見た目だけを軽率に変えていくのには疑問が多く残る。

iPhoneのデザインは秀逸で理念もしっかりとしている。その見た目のiPhoneらしさを維持しながら、機能の向上がその内部でしっかりと更新されている。そういう、デザインの背骨みたいなものはとても大事なことである。以前在籍していたソニーも、どの製品にも何かソニーらしさというものが感じられていた。中にいるとなぜこうなってくるのか分からなかったのだが、無意識にデザイナー同志が共有する緊張感の潜在意識のようなものはあったと思う。また一方でソニー製品は、あまりにも新しい試みにチャレンジしすぎる傾向があり、ソニータイマーという不名誉な言われ方もされていたが、それでもソニーの新製品にはリスクを冒してでも購入する楽しさとかわくわく感というものがあった。

●素材の寿命

製品を構成する部品によって、材料それぞれの耐久年数というものもずいぶん異なる。金属は酸化して錆びて脆くなってくるし、ABSなどのプラ部品も亀裂が入り色も黄変する。中でも一番最初に劣化するのが、ゴム系の部品やウレタン系の部品だろう。車でも、ワイパーブレードとかゴムベルトが一番すぐダメになる。ランニングシューズも大事にとってあっても、3年もすればウレタンゴム系のソールが劣化してバネがなくなり、脚を痛めてしまう。

どういった素材を使うかでも製品の寿命は大きく違いが出てくる。その点、縄文式土器に代表される「土モノ」の器類が恐ろしいほど製品寿命が長い。今で一万年前の火炎土器などが存在していること自体がものすごいし、中国の南宋時代の茶碗とかでも「窯変天目」とか実に素晴らしい色彩を半永久的に維持している。

モノを構成する素材というものが製品の寿命を決定づける。埴輪とか作っていた古代人にはそういう知識もあったのだろうか。話がいろいろ展開しそうなのであるが、ヴァイオリンの名作や正倉院の螺鈿の琵琶など、木製の楽器とかの製品寿命も素晴らしく長い。しかも年月を経て、音色もしっとりとしてくるし、美しさも引き立ってくる。ギターのテレキャスターやストラトなども不変であるし。 木材という素材も寿命の長い不思議な素材だと思う。

●自分の製品寿命

先日、長く乗っていたBMWから、新型のプリウスに車を買い替えた。理由は、ガソリンが異常に高価になってきたことと、やはりゴム系の部品がほとんど劣化してきたこと。ガソリン価格に関しては、これからもっと上昇すると思う。そしてプリウスに乗って驚いたのが、ガソリンの消費が恐ろしく少ないこと、リッター25kmくらいは余裕でいく。武蔵野から富士山を往復しても以前はガソリン代で5,000円近くだったのが、プリウスは1,000円にも満たない。

BMWの加速感やドイツ車の魅力は十分に楽しめたのだが、今日の状況ではガソリン代が高いから、外出を控えてという内向的な方向に傾きかけていたところだったので、本当に救われた気分である。これでまた、今後も躊躇せずに山のトレーニングに行ける。そしてその燃費以外でも、高速道路での自動運転やレーダー装備による安全機能など、同じ車という道具とは思えないほどの進化に驚いた。これらの進化は、運転する人を楽にしてくれる機能であり、使う側の視点で機能進化しているのがありがたい。

新型のプリウスに関しては、TOYOTAのデザイントップが優秀なイギリス人デザイナーになったことも影響しているように外からは感じられるのであるが、スタイリングがとにかく格段にかっこよくなっているのである。全体のラインももちろんだが、後部ドアの取っ手の処理など、涙が出そうになるくらいに巧い処理である。プロダクトデザイナーとして大いに共感する。

新型プリウスから、まだデザインのたくさんのことを学んでいる。何歳になっても勉強はしないとだめだ。ぼーっとしている間にも、世の中はやっぱり進化しているのだと実感する。ぼーっとしてはいないけれど(笑)。

ここで大事なのは、車は買い替えが可能だけれども、自分の身体は買い替えが不可能だということ。劣化しても損傷しても、この身体と死ぬまで付き合っていくしかないのである。

一時期お酒の量が増えたら、内視鏡検査でポリープが増えていて切除した。アルコールの量を減らしたら、また元の健康状態に復帰した。毎日受けるストレスだとか睡眠時間だとか、摂取している栄養素とかも自分の製品寿命を左右する要因だ。買い替えが効かないのであるから、そのあたりの意識をしっかりと考えて、いい習慣を維持して自分の「製品寿命」をNTカッターのように長くしていきたい。まだまだやりたいことがたくさん残っているから。


2023年9月1日更新




▲永遠に使えそうなカッターナイフ「NTカッター A300」。(クリックで拡大)



▲ガソリン代高騰のため、車を入れ替えました! リッター6からリッター25に!。(クリックで拡大)









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