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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その57:空白の時間

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。



●空白が作品を生む

今回は「空白」に関していろいろと考察してみたい。

デザインしている時間というのは、自分の場合は外から見れば空白である。作業中は外部に対しての発信というものはあまりない。ひたすら自分の内側だけに向かう音信不通状態になる。外から見ると「空白」の時間は実際に創作中なのか、病気で寝込んでいるかは分からない。しかしながら、その空白時間があって作品ができる。

先日、村上春樹の新刊が唐突に発売開始となったが、前情報が少ないほどその登場したときの高揚感や話題性も高いものだ。映画の「シン・仮面ライダー」とかもそうで、あの豪華なキャスティングが公開までほとんど伏せられていたというのも実に驚きで、作品自体に新鮮さが宿るような気がするのである。

巨大な建築物とかになると、毎日でき上がっていくのが見えてしまうのであるが、何かこうクリストの覆われた布のように、全体像があるときに一瞬に目の前に現れるというのはモノづくりのハレの瞬間でもある。

●門外不出の技術


「鶴の恩返し」という昔話がある。いつも朝になると美しい「反物」ができ上がっていて、不思議に思った老夫婦が、娘の絶対に見ないでくださいという約束を破って製作現場をのぞいてしまう。その瞬間からもう反物も娘もいなくなってしまう。というお話であるが、なんとも切ないものを感じる。しかし、このおとぎ話もちゃんとした産業技術の背景があってこのその話ではないかと思うのである。

伝統産業の仕事も行うようになって分かったのだが、それぞれの職人さんには門外不出の技術というものがあって、その手法というのは機密度がとても高いのである。焼き物とかになると、兄弟関係でも守秘義務で情報が絶たれている場合すらよくある。

世界に3つしかない? と言われている国宝の「窯変天目茶椀」は、いまだに同じものを作る手法が分からない。もちろん似たような窯変天目はあるが、どれもレベルが違う。伏せられた技術というものがあってこそ価値が生まれるという背景もあるわけで、その部分を大事に守ってきたからこその伝統作業だと思う。外部には隠されている手法というものも、ある意味製作過程における空白ではないだろうか。物の魅力には、そういった隠された空白が一役買っている。

●デザインの空白、1日の空白

実際のデザインにおいても空白は非常に大事である。グラフィックデザインのような平面の場合、ポイントとなる情報を際立てるには周囲の「空白」の存在が非常に重要である。かつてソニーに在籍していた時は、たくさんの商品をデザインしてきたが、会社の絶対的な決まりとして、SONYロゴの周辺には他のグラフィックは一切置いてはいけないという約束事があった。周囲の情報を極端に少なくするからこそ、一番伝えたい部分の存在が浮き上がってくるものである。騒音の中で、ささやくように話してもそれが聞き取りにくいのと同じである。

グラフィックデザインとしての空白の処理の仕方は、全体のクオリティーに大きく作用する。これはプロダクトデザインでもまったく同じである。リオ・オリンピックの卓球台をデザインした時も、まず一番最初にオリンピックマークを置く位置を決めて、そこを絶対空白として確保してから全体構成の作業を始めた。それによって最後までブレないで周辺のバランスが取れていたのである。まずは空白がなければ大事な情報は伝わらない。デザインとは空白を確保することといっても言い過ぎではないと思う。

大谷翔平は、1日の睡眠時間を10時間近くとるそうだ。もし、1日にさらに1時間増やすことができたなら何に使うか? という質問に対して即座に「睡眠に使います」との返答だったという。それが翌日のパフォーマンスに大きく作用するからだという。

人にとって睡眠時間は「空白時間」と捉えることもできる。睡眠時間中に疲労物質が処理されて、体調をリセットすると同時に、その日に脳内に大量に投入された情報を整理していったん忘れるという脳のリセット機能もある。人間、忘れることで空白を頭の中に確保していなければ、情報を整理しきれずにパンクしてしまうだろう。少なくとも、ネガティブな出来事を忘れていくことができなければ人生は辛いだけに感じてしまう。

睡眠という「空白」は、生き物に共通した、生き抜いていくための方法なのである。よく働いて、よく運動して、良質の睡眠をとることができれば、毎日はうまく回転し続けていくだろう。SNSとスマホの時間でせっかくの空白を埋めていかないように意識していきたいものである。



2023年5月1日更新




▲デザインしたものが映画やTVで使われることがものすごく多い。現在話題の映画「シン・仮面ライダー」でも、悪者のアジトでのシャンパン飲むシーンでしっかり使われています。先方から使ってよいか? の打診があったのはもう4年前。小道具1つでも庵野さんのこだわりなのでしょう。映像学科の授業受けてみたいな。(クリックで拡大)
クーラーの詳細はこちら。「能作」サイト。



▲「オリンピック卓球台のスケッチ」。最初はとにかくオリンピックの五輪ロゴを中心に置くレイアウトで構成。(クリックで拡大)



▲中心部の空白はロゴを入れることで完成形になるレイアウト。(クリックで拡大)









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