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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その55:腕時計の話

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。



●腕時計というプロダクト

とにかく昔から腕時計が大好きだった。

幼少の頃は土曜日の朝刊の間に入っている腕時計のカラー印刷の広告を、ハサミで1つひとつ切り離して腕に巻いて遊んでいた。時計の広告は原寸なのである。小学生になると、床屋さんにおいてある漫画雑誌にあった「TIMEX」というアメリカ製の腕時計の広告を、いつもかっこいいなあと思ってずっと見入っていた。

たくさんの針が並んでいるクロノグラフとかもやたらかっこよく思えた。腕時計がプロダクトデザインの妙みたいなものであることに気づいたのは、この頃が初めてかもしれない。単に時間を知るという以上に、モノを身に着けて所有する快感みたいなものがあると知った。

フリーランスのデザイナーになって時計のデザインもたくさん手掛けた。腕時計もいろいろとデザインしてきた。中でもソニーでのWALKMANの生みの親である黒木康夫氏とコラボで制作した腕時計「GUYS&DOLLS」の仕事は特に楽しかった。

内部機構に、1秒ごとにかわいく動く小さな部品を見つけて、それに赤い色をつけて、表から窓を作成し、その赤い色が動くのが見えるようにしてみた。まるで心臓のような動きを感じる面白いデザインが結果的にできたのである。この話は本コラムの「その42:ハートの話」で詳しく書いてあるので是非こちらも読んでほしい。自分でいうのもなんだが、面白い内容です。

あと、腕時計ではないが、富山の時計ブランドであるタカタレムノスともたくさんの時計をデザインさせていただいた。発表直後にニューヨークのMOMAで売られていた「ROSE」やディズニーコンサートホールで取り扱ってくれていた「IRIS」など、思い出深い時計がいろいろとある。

ただ悲しいことに、状況の変化に伴い、生産の継続が困難とのことの連絡があり、どんどん廃盤になっていくのがとても残念である。まあそれでも10年近くは販売していた。IRISは特に最後のロットになってしまっているので、購入希望の方はご一報ください。アクリルの切削と研磨の技術は素晴らしいです。

●今はGarmin一択


時間の共有という概念もずいぶん変わった。昔は「今何時?」と見知らぬ人に時間を聞いたり聞かれたりすることも良くあった。今では考えられないのだが。現在は街中のいたるところに時計がたくさんあるし、誰もが所有するスマホの待ち受け画面が時計表示だからということもある。ここまで、時計がたくさんあると、それぞれの時間差があると別な問題が生じてくるだろう。正しい時間を全部が統一して共有できれば理想なのである。

日本という国で暮らしていると、交通機関の時間の正確さに関して世界でトップクラスであることを実感する。山手線とか本当に驚異的である。1分遅れただけでもアナウンスがあるし、あれだけ大量の電車を正確にぐるぐる回していること自体が本当にすごい。海外に行くと、平気で15分早かったり遅かったりしても、何のアナウンスもなくシラーーっと発車しているから、30分くらい前から待機しておく必要がある。日本人は世界トップで時間に正確な民族なのである。

日本の駅の正確な時計のおかげで、電車の待ち時間も効率的に使えるようになった。原則として電車はまず表示時刻より先に出発することはまずない。だから15秒前にホームにいれば十分に間に合うのである。これは路線バスなども同じで、交通機関の時計がしっかりとGPSや電波で共有化されている。だからこちらも同じシステムの時計を所有することで、間に合うかどうかを判断することができるのだ。これは本当に助かる。駅のホームの掲示板とかだと、実際は間に合うのに駆け込み乗車を防ぐために30秒前くらいに表示を消して次の電車に切り替えることがよくある。これは、黙々と階段を上がっていけば実は間に合うのである。時間の共有と時間の信頼性は日々の生活に大きな影響がある。そういった積み重ねで、移動時間は大幅に短縮できて、他の作業に当てることができるのである。

自分で使う腕時計としては、現在はGarmin(ガーミン)一択。この15年くらいで携帯電話の進化と並行してGPSの腕時計も劇的に小さく進化した。とにかく、公共機関の基準となる時刻をこれで簡単に共有できるのである。もちろん、ランニングのペースや心拍数などのデータもしっかりとれる。ランニング用なので、薄くて軽くて見やすい。そして、日常の健康管理グッズとしての精度も高い。毎日のランニングのあと、シャワーやサウナもそのままいける。こんなに便利な腕時計はGarminのほかには見当たらない。ランニング歴17年の毎日のデータがきちんとアプリで蓄積されて管理できるのも財産だ。

出張が多い身だと、こういった細かい部分での時間のマネージメントを1日にこなせることで、できること、可能になることが人の数倍以上になるのである。これはとてつもなく大きい。時計1つのチョイスで、実は時間というものは増やすことができるのである。これが、週単位、月単位、年単位でとてつもない大きな差になる。

自分も以前は、フランクミュラーとかパネライやら、素敵なものもいろいろ持っていたのであるが、時間の正確さの方がだんだんと重要になってきて、結局みんな売ったり譲ったりして手元にはもう1本も残っていない。いい時計って、とても魅力的だし、所有する喜びもとても大きい。しかしその代償として、時間は数秒ズレるし、メンテナンスも大事だったりと、よほど好きでないと難しい。このあたりの判断はとても悩ましいのである。

Garminの場合はちょうど3年くらいの感覚で、高級時計のオーバーホールくらいの値段で、気軽に新機種に買い替えられるので、その機能の進化を楽しんでいる。これがとても楽しい買い替えなのである。もう、他の腕時計にすることはないと思う。17年間の毎日のランニングのタイムや心拍数データの蓄積も手放す気はしない。自分の身体管理の大事な財産である。過去にこれだけ頑張れたんだからという理由で今日も頑張れるのだ。腕時計における、公共機関と同じ時間の共有と健康管理という2本の柱は何物にも代えがたいのである。

●足枷はバッテリー

そんなGarminの腕時計であるが、ちょうど比較対象となるのがApple Watchだろう。時間も正確だし、Garmin以上にできることも多い。素晴らしいプロダクトである。しかし、Garminは一度充電してしまえば1週間くらいは普通に使えるのに対して、Apple Watchは毎日の充電が必要不可欠なのである。だから一晩充電し忘れたら翌日が一大事なのである。

途中で充電がなくなれば、時計で改札を通過して交通機関にも乗れないという致命的な問題もある。電気自動車とかもそうだが、いろんなことが進化してもバッテリー充電の時間短縮に関しては、なかなか進化が進まないのが現実的な問題なのである。バッテリー自体の小型軽量かつ長時間持続のハイパワー、瞬間給電というのはまだまだハードルが高い。

電気自動車が進化しつつも、ガソリン車は今後もまだまだ使われるだろう。ガソリンという液体をコップ1杯でも注げば、すぐに走れるからだ。これは実はすごくありがたいことなのである。電気自動車はそうはいかない。中国とかでは、充電渋滞問題というのが深刻になってきている。道路ではなく充電に渋滞が発生しているのである。テスラとかでも、車のバッテリーの交換だけで200万以上かかるというのも聞いたことがある。だからスタンドで電池交換みたいなシステムも価格的には現実的ではないということなのだろう。Apple Watchをはじめ、スマホも数秒でバッテリーの充電ができる日はまだまだずっと先なんだろう。

その日が来るまで、当分はGarminで生活すると思う。腕時計は人生において大事なのです。



2023年3月1日更新




▲「GUYS&DOLLS」。文字盤の小窓から、心臓の鼓動のように赤と白の色が動いて見えるデザイン。針の形状は男と女のアイコン。パルコから販売されていました。(クリックで拡大)



▲「IRIS」。アクリルの切削と研磨の技術で、ムーブメントは宙に浮いているように見える不思議な視覚効果のあるデザインです。宇宙の人工衛星のような針の動きはとても神秘的です。株式会社タカタレムノスで販売中。(クリックで拡大)


▲「Rose」。発表直後からニューヨークのMOMAで扱ってくれた掛け時計です。バラの花びらをモチーフとした12枚の陰影が美しく時間表示を演出します。針もすべてこの時計専用、オリジナルで金型を作りました。今も事務所で愛用しています。(クリックで拡大)


▲「アンモナイトの時計」。古代の貝の持つ、フォルムの美しさを時計で表現した作品。高岡の竹中銅器から発表しました。「働く化石」みたいに可愛らしい存在感です。(クリックで拡大)










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