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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その52:イヤホンはもう身体

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。



いつも、「財布」「スマホ」「AirPods Pro」の3つをポケットに入れたことを確認してから外出する。基本はそれだけだ。しかも、財布は山用の極薄極小のもの。硬貨はよほどでないと使わないし持たない主義。

家の鍵は、建てる時に暗証番号方式にしたのだが、これは大正解だった。ランニングや散歩のときも手ぶらでいい。そもそも「鍵」とは何なのか? 谷崎潤一郎の「鍵」も面白いのだが、「鍵」の話はとても長くなりそうなので、また別の機会にしたいと思う。語りたいことは山のようにある。でも、今回はイヤホンの話題で。

●遅れている未来


もうすぐ2023年に突入する。『2001年宇宙の旅』をとっくに超えた未来にいるはずなのに、実際の感覚としては全然未来ではない。がっかりだ。

小学生の頃、長生きして未来の世界で過ごすのを楽しみにしていたが、現実的には、未来はそんなに未来ではなかった。小松崎茂氏の未来スケッチのような世界観は、どうも生きている間は体験できないようである。リニアモーターカーでさえ、このままでは生きてる間に乗るのは難しそうだ。

でも、音楽の聴き方に関しては、ずいぶんと変わった。音源は、レコードからカセットテープへ、エアチェック録音、CD、MD、USB、最終的には質量のないクラウド音源と目まぐるしく変わった。そして、聴く環境も室内から屋外へと大きく変わった。ジョギング中や旅行中にきれいな景色とシンクロして聴こえる音楽が、やたら感動的だったりもする。

●イヤホンの進化と給電

そして「イヤホン」に関しては、よくぞここまで進化したと感心するのである。「ワイヤレス化」「ノイズキャンセリング機能」の2つがイヤホンを大きく進化させたと思う。

ケーブルがなくなるというのは直結的に人間の行動力の範囲に影響する。現在、機能させるのに電気が必要なものはたくさんある。「給電」「充電」といった技術は直結的に人間の日常の行動範囲に影響する。テスラをはじめとする電気自動車は確かに素晴らしいが、ガソリン車のように注いだらすぐに動けるという部分ではまだガソリン車に軍配があると思う。

「瞬間充電」というのは危険だし実現できない。今のところは、電池を入れ替えるような仕組みしか残っていない。そのうちに軽量、薄型の電池が開発されるだろう。

●素晴らしきノイキャン!

イヤホンのワイヤレス化と同時にありがたいのがノイキャン機能である。

自分はほぼ毎週、飛行機に乗るのだが、機内は想像以上に騒音がすごい。そんなときに、イヤホンのノイズキャンセリング機能がとても役に立つ。電車の中でもそうだが、ノイズが消えた瞬間に、この空間が自分のものになったような嬉しい感覚を覚える。

昔、たばこを吸っていた時に「煙草は山の上とか空気のおいしいところで吸うのが最高」といつも言っていたのだが、それに似たような感覚ではないだろうか。「音楽は静寂環境の中で聴くもの」みたいな。

だから、音楽を聴かなくても消音効果として、このノイキャン機能というものはとても役に立つ。これは素晴らしい発明だと思う。もしかしたら「静寂」が最高の贅沢なのかもしれない。これは嬉しい未来の実現だ。

朝一の散歩のときや、ジムでのランニングでは音楽の他にYoutubeの「後で観る」に登録しておいた動画を、2倍速にして聞いていたりする。例えば「本要約チャンネル」というのがあって、適当に気になったのをダウンロードしてそれを聞きながら歩いたりゆっくり走ったりする。そうしていると、あっという間にワークは終了している。

Youtubeでも、映像がなくても音声だけで十分に内容が伝わるものが多い。自分の場合は性格的に長編小説とかが苦手なので、5分くらいで完結するものを次々に聞いている。とにかく、続けるコツは楽しいものを少しづつ聞くということである。

●ソニーとアップルを使い分け

朝一の散歩のときだけ、イヤホンはソニーのものを使っている。重低音がものすごく出るのと、耳から外れにくいのが理由。ドラムのパターンとか聞くのにとても良い。音質、装着感などはまったく申し分ない。ただ1つ問題があって、イヤホンの充電ケースがでかくて重い。アップルの2倍くらいある。だから、事務所にケースは残したままの朝一散歩なのである。

出張時には自分の場合は、アップルの「AirPods Pro」一択になる。ソニーは重低音がすばらしいが、如何せんケースがでかくて重い。AirPods Proのケースのあの河原の小石のようなコンパクトさとRの丸みはとてもユーザーフレンドリーなのである。これより小さいケースは未だ見ていない。ポケットにすっと入り込んでくれるあの形状をデザインした人は、とても優秀なデザイナーだと思う。使う人のリアルな問題を解決している。

そして、ノイキャンがONとOFFになるときのあの音のデザインとかも素晴らしいレベルだ。これは一種の言語開発に近い。世界中誰でも理解できる。「AirPods Pro」はデザイン賞を個人的にあげたいくらいの完成度の高いプロダクトなのである。

●どんぐりころころ

そんな優れた商品なのではあるが、ある朝、勤務先の1つの大学に向かう途中、早歩きで動いていたら片方のイヤホンが外れてしまった。あれあれ、と思っているうちに、白いイヤホンはアスファルトをころころと転がっていき、見事に排水溝に消えたのである。それはスローモーションのように美しかった。泣きそうになった。あれは悲しかった。

そのあと、天王寺から羽田まで、脳内で「どんぐりころころ」がエンドレス再生されたのは言うまでもない。


2022年12月1日更新




▲自分のソニー時代の代表作、北米仕様のスポーツウォークマン「WM-SXF33」。ジョギングウォークマンとしてアメリカで大ヒットした。現在もWM-SXF33で検索すると大量に画像出てきます。(クリックで拡大)


▲ソニー時代、赤外線システムでのコードレスヘッドホンをデザインした。現在はもうBluetoothだが、当時の最先端です。(クリックで拡大)


▲ソニーの「リバティーシリーズ」。当時は、コンポスタイルで積み重ねていくのがステイタス。これらも、一生懸命デザインしておりました。スケッチはマーカーで、シンナーたっぷり吸ってましたが(笑)。(クリックで拡大)


▲ソニーを辞めて独立してからも、音響のデザインは継続。これはハイレゾ音源の再生機「VALOQ」。リアル感のものすごい再生機。(クリックで拡大)


▲自分のお出かけセット。上左から車の鍵、バイクの鍵、モンベルの山用財布、AirPods Pro、iPhone。(クリックで拡大)


▲上がソニーのケース、下がアップルのケース。サイズは見た通り2倍以上ある。朝一散歩では、ケースは家に残して出かけるのである。(クリックで拡大)














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