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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その51:江之浦測候所

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。



●最高の場所

ちょっとした偶然が重なって、小田原からのトレイルランニングの途中で、杉本博司さんの「小田原文化財団 江之浦測候所」に立ち寄ることができた。以前写真で見てから、ずっと気になっていた場所なのである。

といっても、簡単に入れる場所ではない。まずは完全事前予約制で時間指定もあり、いろいろと手続きが必要なのだ。入場料も四千円近くと、普通の美術館と比べても高い。そして、最寄り駅からもかなり離れているので、自家用車がない場合はタクシーや送迎バスを利用するしかない。とにかく、この地に到達するには、いろいろと高いハードルを越えていかなければならない。

今回、唯一幸いだったのは、ドレスコードがなかったので、ランニングの格好のまま入れたことである(笑)。そして結論から言うと、「江之浦測候所」は僕にとっては「最高の場所」であったし、神がかった最高の天気にも恵まれた。また機会をみて是非お伺いしたい場所が1つ増えた。

それは洗練された記憶に昇華される、太古と現在を連結させるトンネルのような存在のようだった。もっと早く行っておけばよかった。

●直島と江之浦測候所

杉本博司さんの作品は、僕にとってはどれもとても心地よい。 東大の研究室に所蔵されている、数理模型のモノクロ写真シリーズを見たときは、その造形美の表現にノックアウトされたし、直島はもう何度も訪れているが、地球と一体化したようなアートの存在で、いつも、身震いするような厳かな気持ちになるものである。

もし「直島」が好きなのであれば、間違いなく「江之浦測候所」は訪れるべきだろう。自分自身もモノをクリエイトする立場であるので、こういった精神状態をメインテナンスできる場所があるということはとてもありがたいのである。移動の忙しさと、ややこしい人間関係を定期的にリセットしておかないと、いいモノづくりなどできるはずがない。これは、必要不可欠な経費なのである。

江之浦測候所は小田原市にあるのだが、フェリーに乗って離島に行ってきたような既視感というか、濃厚な旅の記憶を背負って帰ってくるような充実感がある。本土ではあるものの、記憶の断片としては隔離された領域のような「島」の感覚が残るのである。どうしても、アートの島である「直島」と比較してしまうのはやむを得ないであろう。

ただし、ここ江之浦測候所は、直島と違って安藤建築も草間彌生のカボチャもなければ、李禹煥作品もない。強いて言うならば、カボチャの代わりにあるのは、「止め石」という、紐でくくられた石がところどころに点在し、そこから先には入ってはいけないという「進入禁止」の結界マークがたくさん点在するのである。

これは京都とかでは頻繁に見かける。この先からは何か神の領域なのだろうか? という神聖な気持ちにもなる。これはちょっとまねして、自分の事務所にもやってみたいと思う。

●晴れた日に行きたい

江之浦測候所に関して、ただ1つ間違いなく言えるのは、ここが直島に匹敵するだけのかなり見ごたえのある場所であるということ。最低でも3時間は必要だろう。普通の美術館を巡るのとは異なり、実際には、山の斜面を降りて、ぐるぐる回ってまた登ってくる必要があるので、それなりの体力も必要だし、歩行距離もかなりある。

見どころがこの斜面のいたるところに点在しているのであるが、どれも非常に魅力的なので、1つでも見逃すとそのあとずっと後悔するだろう。これらは、入場時に配布されるブックレットにそれぞれのオブジェが詳細に記載されているので、勉強になる。

そして、この場所を楽しむには、天候は極めて重要な要素である。運を味方にしないと。不幸にして天候が悪い場合は、傘などの存在がかなりやっかいだし、そもそもこの場所から見える最高に美しい海を眺めることすらできない。

今回たまたま、訪れた日は、珍しく非常に良い天気で、根府川の海が素晴らしく輝いて見えた。杉本氏も本で書かれているが、このエリアの海の美しさは世界規模で素晴らしいのである。これは自分自身の幼少記憶とも重なる。緑にオレンジラインの湘南電車の車窓から海を眺めた夏休みの記憶だ。トンネルを抜けた瞬間、まるで人工物のようにキラキラと海が美しく輝いていた。それは絵画のような残像感として今も頭の中に残っている。とにかくここは、その最高に美しい海を鑑賞するための装置なのだと僕は解釈する。

●ミカン畑の美術館

地形に関して補足的に説明すれば、江之浦測候所は、ミカン畑だった山の斜面に作られている。実際に、小田原駅から、急斜面のミカン畑の中の道を登ったり下ったりを延々と心拍マックス繰り返した結果でこの場所にたどり着いている。

今も、江之浦測候所の敷地内にミカン畑は存在している。この地域独特の、収穫荷物を運ぶモノレールのようなものが、まだあちこちに残っている。産業遺跡とでもいうのであろう。

入口を入ってすぐに、細長い「夏至光遥拝100メートルギャラリー」があって、その建物の南側を少し降りると、円形劇場の前方に、ガラスの能舞台と、海に向かって突き出るように茶褐色の構造物がある。これはかなりの高さを感じる突起物で、途中まで歩けるのである。

ここは自分が勝手に「自殺ポイント」と呼んでいるのであるが、ちゃんと安全管理の見張り番の人がいて、「止め石」より先には行けないようになっている。ただ、「止め石」の手前も相当なスリリングな場所である。ここは、比較的若い人たちがSNS用に写真を撮るために並んでいる。アルコールが入っていると相当にまずいだろう。

そして、このポイントから眺める広大な南面の山肌のいたるところに、飛鳥時代や天平時代の礎石が美しく配置されているのである。再生された神社も見える。日本中からこの地に移された、それぞれの礎石が、なぜか太古の昔からこの地にあったかのように感じられるのは不思議である。「アート」という言葉を超えて、「地球と私と海」というか何か、人工的な雰囲気がなくなってしまうのである。


●山頂の巨石

バックパッカーをやっていた頃に、世界中のいろいろなピラミッドを巡っていた時期があった。紀元前の地球には、日本を含めて、山の頂上や正面に巨石が存在する場合がとても多い。奈良の飛鳥舞台などもものすごく巨大だし、マヤとかインカとか、それからブータンの山中でも同じような造形物をみた。

巨石から何かエネルギーのようなものが発せられているように感じるのである。『竹内文書』という古文書があって、日本書紀以前の日本のことがそこに書かれている。真偽のほどは、意見が分かれるが、とても興味深い。江之浦測候所から見える美しい海を、巨石に直に座りながら眺めていると、時間と空間の境界線がなくなってくるような感覚を覚えた。

もし1つ、江之浦測候所を訪問する際のアドバイスをするのであれば、ウォーキングでもいいので、足腰を少しだけでも慣らしておいたほうが、そこに置かれている美術品を楽しむ余裕が持てるということです。やっぱり何事も「体力」なのです。


2022年11月1日更新




▲小田原文化財団 江之浦測候所より「三角塚」。この石舞台の頂点は春分秋分の正午の太陽の方角であり、実際に古墳石室に使われた石を内部に収めている。(クリックで拡大)



▲「夏至光遥拝100メートルギャラリー」。海抜100mに100mのギャラリー。夏至の朝、太陽がまっすぐにこの方角に現れる。見てみたい! (クリックで拡大)



▲「自殺ポイント」と勝手に呼んでいる、海に突き出た場所と筆者。ランニングの途中で失礼しました。高度感かなりあるので、実は怖いです。(クリックで拡大)



▲「止め石」このような石が敷地内にたくさんあり、そこから先は入ってはいけない。これが、逆に神秘的な雰囲気を漂わせている。(クリックで拡大)













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