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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その49:富士登山競走

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。



●富士山を4時間台で駆け登る

毎年7月に「富士登山競走」というレースがあります。これは、麓の富士吉田市役所をスタートして駆け上がり、そのまま富士山頂にゴールするという、漫画のような、シンプルで日本一過酷なレースと呼ばれているマラソン大会です。かれこれもう75年もの歴史があるのです。

近年、コロナで2年連続で大会がなくなりましたが、今年はなんとか再開したので、さっそく参加してきました。

そもそも、僕自身がマラソンそのものを始めたのは16年前。通っていたボクシングジムがつぶれて、その余ったエネルギーで調布市の駅伝大会に出たら想像以上に速く走れたことがきっかけでした。

エネルギーの転移という「タクシードライバー」的な現象ではあります。当初は普通の平地のマラソン大会に出ていたのですが、「日本一過酷な」というワードに惹かれて、参加したら、あまりの面白さにはまってしまって、気が付けばほぼ毎年、もう12回くらい参加しています。

うまくいくときもあれば、全然ダメな時もあります。今現在では、マラソン大会の中でもかなりの人気大会になっており、「山頂コース」に参加するには「五合目コース」の記録が2時間20分以内でないと、応募資格すらないという状況になっています。僕の場合は前々回のタイムが、五合目2時間10分、山頂4時間32分だったので、かろうじて参加権利が残っています。

僕の平地でのフルマラソンのタイムが3時間20分なので、このレースの完走を考えるとギリギリの走力のラインです。当日は日本中からこの大会に合わせて身体を鍛えまくってきたランナーが集まるので、スタートはいつも独特の異様な気が流れます。しかしながら、「日本一過酷」なので、当然ながら数か所ある関門の制限時間も厳しく、山頂まで到達する「完走率」も例年半数以下の40%前後となります。

コース的にはフルマラソンのような脚の痛みみたいのはあまりない反面、心拍数がマックスになるのと、滝汗でミネラルが不足して足が攣ったり、身体そのものが動かなくなったりします。しかし、不思議とダメージはほとんど残らないので翌日は普通に仕事ができる感じです。今でも、当日の夕方からは普通に東京で仕事に戻っています。

麓の商店街から、浅間神社を抜けて樹海の中を駆け抜けて、森林限界を越して、溶岩つかんで這い上がって、4時間ちょっとで日本の一番高い場所にいるわけなので、ランナー以外の人ではちょっと考えられない行動かもしれません。八合目あたりから、たまに下を見下ろすと、昔読んだ芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のような景色です。ランナーの列がはるかかなたの下界までつながっています。上方向ももちろん同じ景色。しかしながら、トップ選手はこのすさまじい工程を、2時間半くらいで走り切ってしまうのです。これはもう、人間の能力では考えられない世界です。天狗じゃないかと思う。

●レースに参加するための1年間

このレースが毎年、7月の末の金曜日にあるので、そこに向けてこの1年間の体重の調整やらトレーニングの予定やらが決まってきます。今年は失敗したのですが、例年は6月の時点で体重を軽量化して63kgまで絞っています。7月をピークとした1年が折れ線グラフのようになって、そこに向けてある種のリズムが形成されてきます。

結果的に自分の中の健康のバロメーターのようなものが無意識に形成されてくるので、自分の人生を振り返ってみれば、この大会があるおかげで、健康状態を維持できたというか、結果的はとても良かったと感じています。

漠然とした健康が最終目的ではなく、レースに参加するための手段としての健康なのでやる気も出ます。具体的には大体、4月くらいからは毎週末は山登りをする感じで、平日はゆるいジョギングをします。あと月に一度のハーフマラソンのレースには参加します。食べ物にもかなり気を使います。大好きなラーメンは年に2回が基本です。あとは生野菜と魚がメインの食事。

かなり万全に準備をしたとしても、当日の天気で寸前で山頂ゴールが五合目ゴールに変更になったりだとか、自分ではどうすることもできない要因が発生することもあります。それはもう、あきらめて、また次の1年間に向き合うしかないのです。

山頂のゴールのタイムは4時間30分で、これを1秒でも過ぎると山頂に到達しても完走扱いとはならないので、そのギリギリの時間は壮絶な状況となります。みな、このために1年間努力してきて、日本中から集まってきているわけで、この最後の頑張りの瞬間は、ほんとうに壮絶な瞬間です。

僕自身の記録は4時間27分というのがあるのですが、1秒でも過ぎた後とその前では、まったく世界観が異なるのです。初めてこの大会に出たときは、八合目の関門に5分ほど間合わなかったのですが、山を下りながら自然と悔し涙が止まりませんでした。周りを見ると、結構な男子選手が泣きながら降りていたりしています。結局はこの悔しさがバネとなり、また明日からの練習のモチベーションになっていくのです。そういった意味では、1年に1度のこういうイベントがあることで、自分の身体的、精神的なモチベーションのプランが組み立てられるわけで、ほんとうにありがたいと思っています。

●できることを頑張ったときの達成感

何かを頑張ってそれを達成すると強烈な快感が発生します。その記憶は強烈です。記憶があれば、またいつか再現しようと頑張れる。その記憶はそれぞれの個人の資産だと思う。シンプルにそれでいいのではないかと思う。

しかしながら、頑張ればできることもあれば、どれだけ頑張ってもできないこともある。まず、そこを間違えるとまずいのである。頑張っても無理なことをいくら頑張っても「挫折の記憶」しか残らない。100mを9秒で走るというのは、全世界でほんの限られた人だけで、まずは不可能な領域である。でも、例えば100mをゆっくり毎日欠かさず走る。というのなら誰にでもできる。それは、心拍数150で20分運動し続けるでもいい。

頑張るという行為は実は誰にでも公平に可能なことなのである。要はやるかやらないかという判断だけだ。それぞれが「できること」を頑張ればいい。身体を動かす。負荷を与えるということは今になってみれば、自分にとっては、ものすごく大事だったと感じるし、これからも維持するべきことだと思っている。

「仕事」というものは「元気」そうな人に最終的には集まってくるような気がする。少なくとも「疲れている人」に発注したくはないはず。当然だろう。

人生とは、常に「2択」だと思う。その連続でしかない。自分の仕事は「デザイン」であるけども、そこに、自分の健康状態であるとか「精神状態」というものがものすごく反映されると思っている。「アート」に関して言えば、ネガティブな表現もありだと思うのであるが、「デザイン」に関しては少なくとも「不健康」であっては成立しないと思う。「モノ」に何かポジティブなエネルギーを感じさせていかないと誰もそれを使わなくなる。これは作者としての責任でもあると思うのである。

富士山に登ってくると、いつもなんだか元気になって充電された気分になることができる。実際にパワースポット的なものがあるのだと思う。だから、来年も体力と気力が続く限りは、まだまだ頑張りたいと思うのである。


2022年9月1日更新




▲富士登山競争。八合目あたりでの様子。(クリックで拡大)



▲同じく山頂に到達して
。(クリックで拡大)



▲これまでのレースの記録証。(クリックで拡大)













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