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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その43:こどものきもち

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。



大人も子供だった

忘れてはいけないのは、どんな大人にも子供の時代があったということ。

大好きな「BIG」というアメリカ映画があった。若い頃のトムハンクスの出世作でもあるのだが、早く大人になりたかった少年が、さびれた遊園地に現れた魔法使いによって、精神的に子供のままで、身体だけが大人になってしまうという物語。外見だけが大人の少年は、街中でのふとしたきっかけで、おもちゃ会社の社長さんと意気投合し、そのままその会社の製品の企画マンになる。

子供が喜ぶたくさんの企画が評判になり、その実績が認められて出世していくというストーリーだ。主人公のその純粋さに惹かれた女性も現れて、シンプルながらも楽しいストーリー展開で楽しめる名作である。昔の映画だが、とてもおすすめの1本である。子供が喜ぶものを作るはずの会社が、いつのまにか会社の利益ばかりを追求していることに気づき本来の姿にリセットされるという本質論が、この映画の中で語られている。

大人と子供の違いは、単純に身体の大きさだけではない。精神的な部分でもかなり異なる。大人になるということは、その長く生きた分だけ経験値と知識が増えるということ。そして、経験値が増えるほど結果に対しての推測がしやすくなる。すると、自ずと脳がマニュアル化しようとして、この場合はこれ、この場合はこれといった風に過去の経験値から事象をあてはめて、仕分け作業をするようになってくる。

これは、できるだけ深く考えないようにして思考のエネルギーを使わない、サボリ癖の延長でしかないと思う。だから、いくら経験値や知識が増えたとしても、人間の能力としては、純粋に思考してみるという点では、ある意味劣化しているのではないかと感じることがある。マニュアル通りの受け答えしかできないのなら、それこそ人間以外のロボットでも十分対応可能な時代のだ。

しかし、分析力や人間力の必要な会社の社長や重役であったり、教育者、映画監督などであったりすると話は違ってくる。やはり、たくさんの人を使って的確な指示を出して、明確な目標を達成するにはそれなりの大人としての分析力と経験値や知識、他者が信頼してくれる過去の自分の業績などの総合力が備わっていなければ難しいのである。これは、やはり長く生きて、たくさんの経験値がないとできない部分だと思う。

●ワクワクしていますか?

一方で運動などでは、能力のピークは20代前半あたりに集中している。種目によっては10代半ばのものすらあり、それ以降は緩やかに下降していくのが常である。楽器演奏の世界においては、ピアノやバイオリンなどの英才教育で、驚愕の演奏をする子供が世界中に存在する。音楽の演奏の場合、個人の人生経験的な思いが音に乗っかって表現に重厚感が感じられるものなのであるが、どう考えてもまだそれほど人生経験が少ないような小学生でも、玉置浩二の歌唱力レベルの表現をされてしまうと、これはもう何が何だか混乱してくる。なかなか、現実として受け入れるのに時間がかかってしまう。これは今でも混乱する。

やはり、物事に対する純粋な感受性は、子供のほうが優れていると思う。音や香りの記憶などもそんな気がする。未知のものを受け入れる容器が圧倒的に大きいような気がする。

大人は、以前見たものを何か仕分けして判断した気になっているが、子供のように何かワクワクしたものをそこに発見できるような新鮮な気持ちは失いたくないものである。僕は「1日最低1つは、やったことのないことを実行する」というポリシーで過ごしてきた。駅に行く道を1本変えるとか、知らない駅で降りるとか、選択肢は山のようにあるはずだ。

これはデザイナーやプランナーにも共通して言えることなのであるが、何か見たことのないものに接したときのワクワクした高揚感を感じることができなければ、他者をワクワクさせるようなものは決して作り出すことができないと思う。

組織が大きくなればなるほどに、会議とかでも「私はこれを今までやったことがないからできません!」と速攻で拒絶する人間がいる。役所にはさらにたくさんいる。「前例がないので対処できません!」というセリフである。個人的には一番接したくない人たちなのであるが、「今までやったことがない。 だからこそ、これをやる価値がある」という風に考えていくこと大事なのではないだろうか。もう、黒澤監督の「生きる」の世界そのものだと思う。生まれたばかりの赤ちゃんは、すべての事象が今までやったことのないことだらけである。今まで、やったことがないからやりませんという選択肢はそのまま死につながってしまう。生きるためには「やったことのないことを実行する」の連続性でしかない。

ソニーにいた時、社風として新しいことをやることを推奨する傾向が強かった。エンジニアも今までにないものを作ろうと、皆やる気がみなぎるような職場環境であった。でもたまに「やったことないので、できません」という設計者と組む最悪のケースも起きる。自分も弁は立つ方なので、会議の度に、そのポンコツ設計者にコテンパンに圧力をかけていたら、逆にその上司の設計部長から「お願いだからいじめないでくれ」と入社2年目の僕に頼み込まれた思い出もある。そういう人をポジティブに変えようと思うのは、所詮は無駄な労力だとその件で悟った。

●大人は子供の進化? 退化?

フリーランスになって、現在も、子供の道具や遊具などのデザインをする機会をたくさんいただいている。一般的に子供の目線で考えることの重要性が語られるが、例えばリビングにあるテーブルなどは、通常は高さが70センチ近辺であり、テーブルのコーナーの処理がとがっていたりした場合はそのまま凶器となってしまう。

このようなケースは実は数多く存在している。最近急激に増えた、傘の横持ちの人たちの傘の先端は、登り階段で子供の顔面を直撃してしまうし、歩きたばこの手の高さであるとか、目線だけでも街中は危険がたくさんなのである。子供のものをデザインするときに真っ先に考慮すべきはその「安全性」である。ボタン電池などを使用するものであれば、電池蓋は、簡単に手で開けられないように構造を考える必要があるし、使っている素材も舐めてはいけないものはNGだ。このあたりの「危険回避」は鉄則であって、これを満足した上での「ワクワクするデザイン案」を作成していかないといけないのである。

自分の代表作の1つでもあるジャクエツ社の「マウンテン」という滑り台は、自分が子供だったらこう遊びたいという願望の集大成でもある。滑り台は一般的には、階段があって、すべるところがある。という非常にシンプルなものである。そこで、滑り台そのものを1つの山と捉えて、岩山として登山気分のエリアや展望台と、回転して滑り降りるループ状の動線を作ってみた。展望台に行く途中には、吊り橋を連想させるような細い通路もある。山として、その周囲を一周すれば隠れたり寝転んだりするのに最適な洞穴も作りこんである。子供たちの想像力の世界の中では、これは標高2,000メートルの巨大な山なのである。吊り橋の下にはワニがいる。脳内では一大スペクタクルなのだ。

それでも本体形状は軽くて丈夫なFRPで作成してあるので、保育園の女性の先生が4人いれば、簡単に移動も可能。この滑り台が、幼稚園に到着した日から、子供たちは行列を作って疲れ切るまで遊んでくれているようでとても嬉しく思っている。この滑り台は、ドイツのIFというデザイン賞も受賞しました。色違いの原色のマウンテンを、ミラノサローネで並べたら楽しいだろうな。というプランもありましたが、コロナでしばらくはお預けになりそうです。

大人になるということは、必ずしも進化ではない。子供のほうが優れている部分もあるということを忘れないで、大人になっていきたい。そう思いながら、今後も子供のためのモノづくりに励んでいきたい。
 


2022年3月1日更新






滑り台「マウンテン」(株式会社ジャクエツ)ドイツIF受賞。FRP一体成型の滑り台。(クリックで拡大)



▲「教育用タブレット」(ベネッセコーポレーション)2022年度版の進研ゼミタブレット。中学生から小学生まで圧倒的な普及率を誇る。中学生でもスマートフォンを使う時代に訴求したデザイン。(クリックで拡大)



▲「イングリー」(ベネッセコーポレーション)小学生のための英語学習ツール。シンプルに道具としての使う楽しさを形に表現した。(クリックで拡大)




▲「カトラリースタンド」(プロトタイプ)展覧会のために作成した、カトラリースタンド。楽しくきちんと食事ができるように工夫したデザイン。きちんと収納すると、シーソーのように動物が揺れる仕組み。(クリックで拡大)




▲「児童用ハサミ」(コクヨ株式会社)手に当たる部分にエラストマの処理を施し、長い時間工作していても指が痛くならないデザイン。同じ工夫で、大人用のものも数種類デザインしてベストセラーとなった。(クリックで拡大)












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