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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その33:モロッコ迷宮:メディナ編

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。



今月のコラムは先月の続きで、同じく自分の一番好きなモロッコの旅です。こんな状況下ですが、少しでも旅気分を味わっていただけたら嬉しく思います。

●迷路ゲームのような街

モロッコで最大のクライマックスは、マラケシュにある「メディナ」と呼ばれる旧市街の迷路のような路地巡りだ。入場料無料で、超巨大な天然の迷路ゲームが体験できる場所。

ここは、古代から敵からの侵略に備えて、ロバだけがすれ違える非常に狭い道幅で設計されている。しかしこの複雑な路地は、はたして設計図のようなものがあって作られたのだろうか? それともアリの巣的に必要に応じて枝分かれして時系列で伸びていったモノなのだろうか? いろんな疑問が起きる。少なくとも馬はこの路地で曲がることや引き返すことは不可能だろうし、ラクダは絶対に入り口で引っ掛かるだろう。メディナのアバウトな地図はあるが、まったく役に立たず、ほぼ100%迷子になる。それが楽しいのである。

このマラケシュのメディナは1985年に世界文化遺産に登録されている。都市構造で考えると、マンハッタンや京都のようにグリッド状に計画されている都市は、番地を把握することで今自分が立っている座標が把握できるし、太陽さえ出ていればその時の時刻と照らし合わせて簡単に目的地にたどり着けるものだが、メディナにはあちらこちらにトンネルがあり、道も不規則的な曲がり方で完全に方向感覚がマヒしてくる。少しでも小高い場所があれば全体を把握できるものだが、メディナはほぼ平坦地に作られていているので、遠くを見ることがまずできない。郵便物の配達とか一体どうするのだろうか? と余計な心配をしてしまう。

●メディナの歩き方

メディナ巡りは、まずその入り口を探すことから始まる。横浜・中華街などと違って、巨大なメディナの入り口の数はとても少ない。そこで、街の中での人の流れを観察して見つけていく。例えば日本の知らない街でも、足早に動く人が向かっている方向が大体は駅の場合が多いことに似ている。

入口さえ分かれば、その路地の分岐点ごとに、角のお店を記憶して、その都度振り返った景色を同時に覚えておくこと。道に関して言えば、往路と復路では見え方がまったく異なるのである。物事は表と裏は別な顔を持っている。

そして、このあたりでそろそろ記憶力の限界かなと感じた地点で、一度入り口まで戻ってくるのだ。これを何回か繰り返すと、メディナの構造が見えてくる。というか、身体に土地が刷り込まれていく感覚である。それは、泥酔状態でも何故か無事に家にたどり着いているのによく似ている。あとは、この往復運動を繰り返して自分の深度領域を深めていけばいい。メディナが自分の範疇に入っていく征服感は楽しいものである。

しかし、問題は、この路地の両サイドにあるスークと呼ばれる小さなお店の集合体がどれも個性的で魅力的で、記憶がどんどん上塗りされてきてしまうことである。来た道の記憶ことなどすっかり忘れてしまうということなのだ。記憶というのは恋愛のように、油絵のように上塗りされていくものだ。もちろん、かなりの時間が経てば下の色も自分の一部であることには気が付くのであるが、短い時間のスパンでいえば記憶は水彩画ではない。記憶可能な容量は常に定量であり、溢れた分を確保するには古いものを排除しなければならない。

綺麗に陳列された香辛料のカラフルなお店や、特産品でもある革サンダル専門のお店、タジン屋さんから、工芸品、綺麗な染色の布地屋さん、手作りおもちゃ屋さん、得体のしれない弦楽器を集めたお店などきりがない。特にぶっ飛んだのは、亀ギターだった。これは衝撃的だったので写真を見ていただきたい。まず入国審査で引っ掛かるので買わなかったけれど。以前、アマゾン部落で物々交換して手に入れた、ワニの革で巻かれた美しいブローガン(吹き矢)がアメリカで没収されて非常に悲しい思いをした経験がある。その学習効果というか。

まあとにかくメディナは魅力的な店がひしめき合う中で、何故か突然道の真ん中で溶接作業を始める輩がいたり、音楽の演奏を始める集団がいたりと、とにかく次から次へと強烈な刺激の連続である。

将来的にここを訪れる人にアドバイスがあるとすれば、まず、前回のコラムで紹介したタンジェのような洗脳法式の連れ込み絨毯屋はここにはないので大丈夫。しかし迷路で不安な旅行客目当てで、強烈なしつこさで声を掛けながら後をついてくるガイドがどんどん現れる。これは心を鬼にして完全に無視が唯一の策である。

日本人特有のNOの笑顔はのちに命取りになる。不明確な意図の笑顔が通用するのは日本国内だけだと思ったほうがいい。ここで声をかけてくる輩はすべて、悪者だと割り切ってガン無視できる強い心を持とう(笑)。この心構えは、ハイリスクな場所に行くほど大事であるが、同時に誰に心を開いてよいかというジャッジで人生レベルでの訓練にもなるものだ。実際それは今でも役に立っている。今日の善人は明日の悪人かもしれないという事実だ。

●空想の世界、ジャマエルフナ広場

楽しいメディナ迷路ツアーと双璧をなすマラケシュの楽しみが、メディナの入り口でもあるジャマエルフナ広場である。ここは、かつては公開処刑場だった広場なのだが、スペインと同じように四角い何もない広い空間が存在している。これはスペイン語圏独特なもののようで、メキシコも同様である。

逆説的であるが、何もないということは、何にでもなれるという可能性があるということ。まず、日中はこの広場はモロッコ中から集まった大道芸人のステージ会場となるのだが、これがまたすこぶる楽しい。コブラ使いや、曲芸、手品、火吹き男から軟体人間まで、ありとあらゆるショーがこの広場に凝縮されて、まるで空想の世界のようである。ディズニーランドやエプコットセンターの比ではないのだ。今でもあれは夢だったのではないか? と思うことがあるくらい。テレビでしか見たことのなかったコブラ使いが自分の目の前にいるという状況、怪しげな衣装のおじさんが笛を吹くとそれに合わせてコブラが、籠から出てきてくねくねと動き出すのである。

ここでも、注意事項がある。絶対にカメラを向けてはならないということ。今は全世界的にSNS時代なので、つい「私、ここにいます!」みたいな発信ブームではあるが、写真を撮ったら最後、びっくりするような高額を要求される。

ヨーロッパの観光客が悲惨な状況に出くわしているのを何度も目撃している。特にテレビ局の取材が入った後は価格が急激に上がるから要注意だ。
またここでは、モロッコのベルベル族という集団による、大道芸のパフォーマンス、演奏も繰り広げられている。赤い民族衣装を着て、両手に超小型のシンバルを持って、それを叩きながら、回転運動の華麗なダンスパフォーマンスが行われる。盛り上がってくると3人肩車の一輪車で舞い、派手な動きと音楽がとても楽しい。ただ、中にはひどい輩もいて、普通に歩いていると、突然目の前で踊り出して金を要求されるというめちゃくちゃなパターンもある。

ちょうどこの頃、僕はブルースハープにはまっていて、小さなハーモニカをいつもポケットに入れていた。ベルベル人が金を要求してきたので、自分もへたくそなブルースを1曲吹いて、俺にも金をよこせ! と言ったらベルベル人はニコニコしながら、他の旅行者のほうに移動していった。かわいかった。ガルシアマルケスの「百年の孤独」という小説があるが、なんだか普通に空飛ぶ絨毯で移動しているやつがいそうな…ここは、そんな異文化にどっぷりと浸れる楽しい場所である。

●2つの顔を持つ広場

そして面白いのは、日が暮れるタイミングで、このアトラクション満載の空間が綺麗に屋台村に入れ替わること。これは宗教的な背景もあると思うのだが、時間ぴったりでこの広場がきれいに別な空間に切り替わるのである。まるで、180度回転する舞台装置のように 昼間のエキサイティングな空気感とはまったく異なり、それぞれの電球がともる下で人々が楽しく食事をしている。自分はモロッコ料理が苦手なので、コカコーラだけ頼んで、しばらくぬるい風の中に佇んでいたのだが、大昔からこういう場所なのだろうなと思うとなんだかタイムトリップしたような気持ちがした。変わったのは、おそらく光源がランプから電球になったぐらいなのだろう。この国では、アルコールは禁止されているので当然酔っ払いもいない。とても静かで心地よい。

結局、マラケシュのこの広場の近くに宿をとって一週間近く滞在しまった。毎日の習慣となったメディナ探検もそろそろ飽きてきた頃になると、カフェにいつもいる数人の現地人にすっかり顔を覚えられていた。もはや、街の誰もが自分を旅行者扱いしていない。それはそれで何となく寂しい気持ちがする。最初の2日間、あれだけうるさかった押し売りガイドが街に出ても誰も声をかけてこない。会話をしても普通に友達のような世間話やお互いのお国自慢をするだけなのだ。くだらないバカ話もたくさんした。ラマダン期間の日没時間に1人歩いていて、以前は自分にとっては悪人だった輩に夕食を何度かおごってもらったこともある。

ある日、いつものカフェでコーヒーを飲んでいると、そのうちの数人がいきなり立ち上がった。何が起きた? と聞くと、「旅行者が入ってきた!」と嬉しそうに去っていった。 その日の午後、僕は次の目的地に向かうことにした。



2021年5月1日更新




▲モロッコを象徴する美しいモスク。タイルトレリーフのコントラストが素晴らしい。(クリックで拡大)




▲道端で突然にお店開きの香辛料屋さん。それぞれの色も美しい。もちろん、雨が降れば閉店。(クリックで拡大)



▲謎の弦楽器屋さん。下の方にあるのが、あの「亀ギター」である。(クリックで拡大)



▲日が暮れて、屋台村となったジャマエルフナ広場。灯りがとても美しい。(クリックで拡大)






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