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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その27:「適応力」の話、「自粛」から「自律」へ

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

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[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。



●コロナ時代の仕事スタイル

なんと、早いもので今年もあと2ヵ月で終了となってしまう。今年はかつて経験したことがないレベルで特別な年となってしまっている。果たして来年はどうなっていくのだろうか?

先日、関西に出張に行って気づいた。いつも宿泊していたホテルが「GO TO」で驚くほどに格安になっていたのだ。こんな安い値段で本当にいいのだろうか? といった感じである。しかもチェックイン時に1,000円の共通クーポンというのまでもらえた。さて、これはどこで使えるのだろう? とドキドキしながらスッカリ寂しくなったジャンジャン横丁のいつもの串カツ屋さんで、その1,000円券が使えることが分かり、なんと300円でささやかな夕食を1人済ませることができたのだ。しかし、残念なことにお店にはかつての活気はもうなくなっていた。店員さんは笑顔で接してくれたのだが、なんだか申し訳ないような複雑な心境になった。国の財源を含めた未来を想像しても、なんだか怖い気もするのだ。1,000円のクーポン券は実は恐ろしく高額なものなのだろう。まあ、考えてもしょうがないので、ここはおいしく串カツを楽しんだほうがいいのだが(笑)。

幸運にも、私自身はあまりコロナの影響を受けずに作業に集中できた1年だった。その背景には、自分の仕事のほとんどが、1人で長時間作業部屋に籠りっきりで、ひたすらCADで面を張っていく作業だったというのが根本的にある。それに加えて、昔から基本的には大人数の飲み会には参加しないというスタンスだったというのもある。これはおそらく、コロナが完全に消滅したとしても変わらない。だから、それほど近距離で大人数という環境はほとんどなかったし、フリーランスの特権として満員電車にも乗ることなく毎日を過ごしていた。要は、自分の人生はほとんど人と会わないで成り立っていたという事実が判明した。もちろん、必要最小限では人と会っているのだが。

必要最小限の打合せの場合、実務における対面の打ち合わせも、基本的にはZOOMで資料を共有しながらのほうが、場合によっては分かりやすい場合も多く、移動時間を短縮できるメリットも増えて、それはそれでむしろありがたかった。便利な効率アップツールが1つ増えた。今は、どんな些細なことでも、可能な限りはポジティブに考えているようにしている。そうしないと、ネガティブスパイラルにはまってしまいストレスもたまる一方だから。

コロナの影響で、仕事としてのダメージを受けた人は、本当に大変だと思う。しかしながら、これを機会に何かをチェンジして軌道修正をしていかないと、さらに状況は悪化していくような気がする。暗い話になって申し訳ないが、なんだか胸騒ぎがするのだ。

●自粛時にできることを

コロナによって個人的に大きく変わったことといえば、10年以上続けてきた陸上競技をいったん完全に止めてしまったことだ。私の些細なことで大変申し訳ない話なのだが、自分にとっては大きな出来事。持ちタイムを記録更新するために月間300キロのランニングが日課であったのだが、目標とする大会そのものが消えてしまったことで生活リズムが大きく変わった。自分のランニングのモチベーションが消えてしまったのである。

そもそも健康やダイエットのために走り続けてきたわけではなく、あくまでも、他人にとってはどうでもよいマラソンタイムの更新を、意地と根性で達成させるという自己満足的なもの。アスリートにとっては、フルマラソンにおける3時間ジャストと2時間59秒の差はとてつもなく巨大なのである。

健康のためだけだったら、絶対に毎日の練習は続かない。しかし、このエゴの欲が持つ自分を動かす機動力のエネルギーはすさまじい。だから、10年以上続けて走り続けていたのを、ぱったりと2ヵ月止めてしまったら、なんだか、抜け殻のような無力感に襲われてきた。でも、何となく、自分自身が、コロナを言い訳にして止めたような「逃げ」ではないのか? とも同時に感じるようになった。今までのランニングの時間を楽器の練習に置き換えてみたりもしたのだが、なんだかやっぱり身体を動かす習慣の重要さを再認識してきて、実は前ほどではないが、またランニングは再開した。もちろん今までのような、記録更新を前提としたハードなものではないけれども。

そして、久しぶりに秋の公園をゆったり走るとやっぱり気持ち良い。久しぶりに走ってみた後、脚の筋肉ではなく、いわゆる武道でいうお腹の「丹田」の部分が筋肉痛になった。お臍の下のほうの深い部分にあるインナーマッスルが「走る」という動作で一番大事なんだと。これはどんなスポーツでも言えるのかもしれない。人の姿勢や後ろ姿にその人の人生が表現されるとよく言われる。体幹を鍛えると確かにその人の深層的エネルギーのようなものは強く感じるような気がしてならない。 今まで習慣としてやり続けたことも、一旦止めてみて再開することで意識してこなかった新しい発見もある。

「自粛」というと、何もせず、ひたすら何かを我慢してじっとしているようなネガティブなイメージがある。不確定な「自粛解除」というものをひたすらじっと待つと、人間はどんどん萎縮してしまう。そして、次にそれを言い訳にしてさらにやらなくなる。当然、筋力や思考力も劣化していくのである。だからこそ、この「自粛」の期間中で、一人ひとりが、今の自分ができることを探して、それらを「実践」していく「行動力」が大きな個人差を生み出していくのではないだろうか。その「行動力」が集合して全体の力になるのだと信じている。

●白紙に戻すための覚悟

29歳でソニーをやめた直後、取引先の対応がまったく変わって、ひどく驚いた経験がある。人は、人でつながるのではなく会社でつながるという現実。自分の名刺から大企業のロゴが消えた瞬間に、ただの白紙の20代の男になった。大学の同級生にも、なんで辞めるの? とかなり疑問視されたりもした。自分にとっては、デザイナーとしてさらに上のステージに行きたいだけだったのだが。

あまりにも悔しいので、独立後の数年はデザインコンペに応募して、とにかく賞を獲りまくった。雑誌の取材も増えるし、賞金で食っていけるようにもなった。そうしたら、また人の対応が変わってきた。というか激変である。とにかく、人が集まってくるのだ。SNSの「いいね」の数に似ているのかもしれない。上昇カーブの人には人が吸い寄せられるという法則があるのだろう。自分にとって、独立後の受賞や実績は極めて重要であった。というか、これがないと、フリーランスは無理だったかもしれない。自分の能力的に限界が見えたのなら、早めに就職に切り替えないと大変なことになる。幸いにも自分の場合は、現在はもちろんデザイナーとしてはソニー時代よりも稼げるようになっているのだが。独立直後の気が狂ったようにコンペにかかりっきりになっていた時期に今となっては大感謝である。現実とはそのようなものである。

一度白紙に戻すにはそれなりの覚悟が必要だし、過去の役職は、独立したらまったく役に立たないことも分かった。 白紙後の数年間での実績があってこそ、過去の役職が力を出してくるものなのである。そうでないと、フリーランスとはいってもただ定年退職した人と変わらない。都庁に勤めていた自分の父には、毎年すさまじい数の年賀状が来ていたのに、定年退職したとたんに、翌年から数枚になったという記憶はいまだに焼き付いている。

●変化する環境へ適応すること

学生時代から、バックパッカーをやっていた。見知らぬ国の見知らぬ街で、一週間も過ごせば、知り合いや友達や馴染みの店がだんだんとできて、それなりに居心地の良い環境が生まれる。でも、ちょうど馴染んできた頃合いで移動して、また別の国の街に行く。話す言語も違えば、使用する通貨すら違う。国民性というか人の性格や日常の習慣すらまったく異なる。そんな白紙状態から、また1つひとつ環境に溶け込んでいくゲームのようなもの。

どんな場所でも、ちょっとしたことで友達ができ、情報が集まり、居心地の良い環境ができ上がってくる。海外に行けば、ただのアジア人の男でしかない。周りの人にとっては自分の経歴とか学歴などまったくどうでもいいのである。そんな中で、自分の周囲をシンプルな「適応力」だけで構築していく。そんなことの繰り返しだった。それがとても楽しかった。ただ、どんなに仲良くなっても、旅先では連絡先の交換はしない。次の場所で白紙からスタートすることに意味があるから「過去」は一度消去してしまう。

「環境」は変化し続けている。ただ、今年2020年の変化はあまりにも大きすぎた。でも、それでも環境が自分に合わせてくれるということはあり得ない。環境に合わせて自分自身をいかに居心地の良いものにしていくか。それを実践していくのに必要なのは「勇気」ではない。いったん過去を忘れて現実の世界をじっくりと観察してまずは軽い気持ちで何かを一歩踏み出すことでしかない。一歩踏み出せば、必ず次の一歩が自然と出る。そうやって移動しながら考えていくのが一番だと思う。一歩を出さないで停止しているのが一番危険なのではないだろうか。危険というのは、自分の人生を大事にするかしないかという意味であるが。


※このコロナ禍の10ヵ月で創った作品群で11月に個展を行います。自粛中でもこれだけできるという励みになれば幸いです。
 
澄川伸一新作デザイン展
「佐賀の伝統技術 VS デジタル最前線」
期間:2020年11月6日(金)~8日(日)11:00~19:00
会場:GARAGE MARIO
東京都渋谷区広尾5-23-2


2020年11月1日更新




▲澄川伸一新作デザイン展「佐賀の伝統技術 VS デジタル最前線」のフライヤー。(クリックで拡大)





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