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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その18:映画「フォードvsフェラーリ」における計算式

澄川伸一さんの新連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

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[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。



●モノ作り関係者必見の映画!

2020年になってから、4本ぐらいの映画を観てきたのだが、「フォードvsフェラーリ」がとにかく良かったので、今月はそれについて語りたい。ネタバレにならない範囲で。

まずは、デザイナーはもとより、モノ作りに関わる人には特に観ていただきたい映画である。そして、あっという間に時間が経ってしまう映画であるということ。すなわち没入感がかなりある。

映画の良し悪しを判定するのに、基準があるとすれば、そして、現実逃避としての別空間に自分の身を置いてみたいというのが映画館という装置であれば、現実を忘れるほどその映画は良いということになる。

メールやSNSの存在を忘れる目的で映画館を選ぶ人も多いのではないだろうか? まあ、面白いので152分が本当に瞬時に終わってしまう。そしてこの映画の面白さは「計算式」なのである。

●イタリア対アメリカ

この映画はイタリアが誇るフェラーリ社とそれに挑戦するアメリカのフォード社という2つの自動車メーカーの戦いであり、なんと実話なのである。ネタばれに影響ない範囲で述べれば、フランスのルマン24時間耐久レースがその舞台となっている。フェラーリが連勝中のこのレースで、販売不振になってきたフォードが勝利することでフォードというアメリカの車メーカーを世界的にアピールで来るのでは? という無謀な発想がまずある。そして映画自体はアメリカ映画なので、フォード側の視点で描かれている。

いわゆる戦争含めた戦いモノの描写って、どちら側から描くかでまったく別なものになってくる。当然この映画もアメリカ視線なのでアメリカがかっこよく描写されている。かわいそうにイタリアのレースドライバーの顔が濃すぎて”ウンバルンバ”にしか見えない(笑)。

しかしながら、アメリカではイタリアのデザインには完全に敗北感が付きまとうというのがはっきりと描かれているのが潔かった。フェラーリの工場をフォードの幹部が訪れた時の、官能的曲面が素晴らしいフェラーリのスタイリングの妖艶さが、絶世の美女コンテストに例えられてうまく表現されていたことを始めとして、フォード側のデザインに対するの敗北宣言がかなりの頻度で出てくるのである。

とにかくそれが印象的なのである。やはり、美しいものが登場するだけで人間の心に訴える部分は強く、デザインの1つの要素であるスタイリングの重要性を確認できる。同時にそれは、頑張って努力すればできるというものではなく、本質的な才能というか、何かコントロールできないDNA的な血統的な要素を含んでいるのだろう。

●敵との対立関係、思想とプライド

物語は、デザインのスタイリングでは勝てないけども、エンジニアとしては勝てるのでは? という希望をもって進行していく。このあたりがやはりエジソンの国のアメリカだなと思う。1つひとつのパーツの断捨離がまず始まり、部品材料のアルミ化と並行して、グラム単位の軽量化の計算が始まる。

長距離ランナーと同じで、7000以上に回転数を上げても壊れない頑丈なエンジンを持ったうえで、全体重量を軽量化させればシンプルにレースに強くなるのは当然だろう。車にリボンをつけて空気の流れをチェックしたりするシーンとか、エンジニアの気持ちになって楽しく見られる。少しでも目標に近づいていく過程というのは本当にワクワクする。車の特性を理解したドライバーが最大限にその性能を引き出すことができる。

敵との対立の関係がありつつも、味方側の分裂や対立が生じるのもまた世の常である。期待していなかった可能性の低いプロジェクトが、突然に勝利の可能性を帯びてくると、手柄を自分のものにすり替えようと接近してくる輩がいる。これは会社が大きいほど、どんな世界、いつの時代もあることだ。このあたりのサラリーマン的な駆け引きもこの映画の面白いところなのである。これに関してはこれ以上は述べないが、最後はとにかくスカッとするということ。

僕が在籍していたソニーという会社は、なにかというとパナソニックと比較されていて、当時の大型ブラウン管のテレビでもバトルが繰り広げられていた。ビデオテープの時はベータ方式か、VHS方式か? で世の中が大変なことになってしまったし。

現在でいえば、iPhoneかAndroidか? NIKEの靴かADIDASの靴か? ということに近い。それぞれのメーカーの思想とかプライドって確実に存在して、1つひとつの製品にしっかりそれが現れる。相手に勝つ方法を考えるにはどうしたらいいか? 自分が頑張ればできること、頑張ってもできないこと、この違いをはっきり認識して伸ばせる部分で努力していくしかないのである。そして、毎日の1グラム単位の努力の集積でしか勝つ方法はないのである。


 
2020年2月1日更新


▲映画「フォードvsフェラーリ」公式サイト(20世紀フォックス)より。(クリックでリンク)



▲曲面が素晴らしいフェラーリ


▲アメリカンな佇まいのフォード


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