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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その12:とにかく映画を観よう

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

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[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。


●分断される集中力

今の生活って時間が分断化されすぎではないだろうか?

映画がテレビや読書と大きく違う部分は何か? それは、ミニシアターみたいな場所であっても、90分前後を完全に集中してその映像と音楽に向き合えるという部分である。時間的に分断されることがないからこそ、その1つの世界だけのための占有時間となる。

現在、すべての時間にスマホがひっきりなしに入り込んでくる時代。入り込んでいるというか、もはや小情報の中毒症状で、何かとチェックしないといけないような感覚が当たり前になっている。後で考えればそんなに大事な情報ではないはずなのに、それを数秒でも早く確認することに無意味な労力を知らず知らずに消費している。

それらの小さい情報を確認する度に、実は継続すべきはずの集中力が分断されているということを意識すべきだと思うのだ。今私たちに必要なのは、集中して1つの世界に入り切る時間を確保することではないのだろうか? そういう習慣づけがとても大事だと思う。 何か、思考の分断化ということが生産性に大きく悪影響を及ぼしているのではないかという気がしてしょうがないのである。

●映画の世界に浸かる

集中した時間の確保の手段として一番手軽なのが、映画館に映画を観に行くことだ。マナー的にも強制的にスマホから完全隔離されることで、時間が分断されることもなく映画の世界にどっぷりと浸かれる。

ありがたいことに、日本でも近年は映画館が集合したシネマコンプレックス施設は増えている傾向にあるし、世界に誇れる上質のアニメもどんどん作られていている。これはもう隙間時間を利用してどんどん行ったほうがいい。映画館って、実はいつの時代も非日常に入り込むことができる有効な装置なんだろう。暗くして情報を遮断する空間。だから、DVDやネット配信がどんなに普及しても、映画館という施設が世の中からは決してなくなることはないのだと思う。映画館に通うのを、2週間に1回とか曜日を決めて習慣化させてもいいと思う。忙しい人ほどそういう時間が必要な気がする。

もちろん、どんな映画を見るのかというのがとても重要なのであるが。何気なく見始めた飛行機の国際線での映画がとても良かったりしたり、こればかりは偶然というか「縁」の要素も大きいと思う。ただ、仮に、最初の20分を過ぎても何も面白くならなかったら、それ以降は苦痛の時間になってしまう。その場合は、英語の勉強と割り切って、字幕と音声を比較したりして何となくやり過ごすとか。せっかく確保した密閉時間はなんとか有効に使っていきたい。映画の途中で映画館の席を立つというのは、なかなか勇気がいるものであるし。それゆえに、限られた時間の中でどんな映画を見るかどうかという選択肢はとても重要だと思う。

●インプットとアウトプット

クリエイターの場合、人と同じ内容と量のインプットだけでは、当然アウトプットもどこかで見たことのあるような同じようなものになってしまう。インプットするものの個性化も大事だし、それが自分だけにしか表現できないものへとつながっていく。

あまりメジャーでない映画の中に、自分自身が引き込まれてしまう魅力的な題材を見つけていければ、あとはその監督を追っていくとか、書籍から調べていくなどいろいろと発展できるだろう。人と異なる自分だけのお気に入りというものを持っておきたいし、他のジャンルで活躍している人の嗜好も参考に観てみたい。 これは、映画に限らず、書籍や音楽や演劇などすべてに共通していることだと感じる。

学生の頃、京橋にフィルムセンターというのがあって、フェリーニとかベルイマンの珍しいフィルムを定期的に上映していて、ぴあ片手によく通っていた。それらの珍しい映画から学んだ部分は確実に自分の表現の原料になっていると今は特に感じる。渋谷に「すみや」というサントラ盤を扱うお店があって学生時代はかなりここで散財した思い出もある。映画音楽から極めて広いジャンルの音楽を知ることができた。いまだに中学生時代から延々と聴き続けているアルバムもたくさんある。映画音楽の話も話しきれないほどたくさんの話題がある。やはり、どう考えても自分が観てきた映画というものが自分自身の中に蓄積されて何かのエネルギーになっているのは間違いない。

せっかくの夏休みだし、予定のない週末などはどんどん映画を観てみたい。脱スマホという意味でも可能であればエアコンの効いた映画館で観たい。

●澄川流映画ベスト5

参考までに私が責任もって薦める映画ベスト5は下記の通り。常識的に観て後悔しないものだけ挙げています。ブレードランナーとか2001年とか、皆100%観てるものもあえて外しています(笑)。以下ご参考まで。

情婦」。1957年、ビリー・ワイルダー監督。モノクロの古い映画だが、いざ始まると、ストーリー展開で最後の30分は精神的に完全に打ちのめされる。役者の個性も素晴らしい。超お薦め。

ビッグ」。デザイナー必見の映画。いつ見ても、不思議ななつかしさ。クリエーションの原点がここにあると思う。 主演のトム・ハンクスの出世作でもある。

カプリコンワン」。あまり知られていない映画なのだが、NASAが全面協力しているサスペンスで、とても面白い。メディアの嘘について触れている問題作でもある。

欲望」。ミケランジェロ・アントニオーニ監督。途中に出てくる写真と60年代のロンドンのファッションがかっこよすぎ。デザイナー必見。この映画の影響でプロペラの美しさにはまった(笑)。

シャイニング」。スタンリー・キューブリック監督。個人的にホラーの最高峰だと思う。映像美もハイレベル。詳細はノーコメント。とにかく夜中に一人で見るべし。ところで、来年にこの「シャイニング」の続編が公開されるらしいのだ。夏のうちに、すでに観た人も見直してもいいかもしれない。

人間の身体は、各人が食べたものからでき上がっているのは間違いない事実である。太っている人の食事はやはりそのメニューを見れば納得がいく。飲み物1つ取り上げてもそうだ。すべてが自己責任だ。

では、人間の精神的な部分ではどうだろうか? クリエイターが表現する作品にも、身体と食物の関係性と同様に原料と結果の因果関係が存在するはずだ。

その原料は、その人が今までの人生で読んできた書物であったり、聴いてきた音楽であり、観てきた映画であり、旅行の景色や人間関係など、人生経験そのものである。それらがいったんミックスされて、再度抽出されて、モノ作りのヒントやセンスなどの感覚的なものへと昇華されていくのである。

だから、良いインプットを意識しよう。

 
2019年8月1日更新



▲スタンリー・キューブリックの映画は一点透視図法を用いた構図が多用されている。映画にはそういったテクニカルな学びも少なくない。画像はGigazineの以下のWebページより引用「キューブリック作品がいかに一点透視図法を使っているかがわかるムービー」




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