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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その4:運の使用法

澄川伸一さんの新連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。


●デザインは思いやりの実践

「運」は大切に使ったほうがいい。ここぞという時に取っておく。

運は誰にでも公平に配分されているから、実際の人生では「運のいい人」も「悪い人」も存在しない。人によって人生の後半戦で差が出るのは、その人の「配分された運」の使い方でしかない。

僕自身は、間違いなく、日常的な運はすさまじく悪い。自信をもって呪われているのではないかと思うほど悪い。今まで生きてきて、ビンゴで上がったためしがない。だからパーティーのあの時間が苦手だ。初詣に行って、おみくじを引けば大凶が4年続いて、人生でおみくじを二度とやらない誓いを立てた。東京マラソンは10年連続の落選。あと、マージャンもだめだ、人生最初で最後の大三元で上がった瞬間にジョン・レノンが撃たれて死んだ。これは悲しすぎた。

電車や飛行機では必ずと言っていいほど、隣に変な輩が座ってくる。ひじ掛けも、足元スペースもあったものでない。貧乏ゆすりの振動でこちらの座席まで揺らすのもやめてほしい。飛行機で靴を脱いで、足をこちらに接近させるなよ。喧嘩になるのは避けたいのでいつも泣き寝入りだ。若い頃はこうした些細なことが大ゲンカに発展した過去があるのだが、それによって大騒ぎになってもいいことはまずない。いちおう、学習してきた。最悪の時間は永久的に続くものでもないので、その時間が終わるまで、「私は人ではない」と無の境地に入り込むことにしている。「何も見えない」「何も聞こえない」という世界だ。

最近のお助けグッズで秀逸なのが、ソニーのノイズキャンセリングのヘッドフォンである。5万円近くするのだが、ほぼ完全にこの世から遊離できる世界感が素晴らしい。技術はここまで進んでるという実感できるアイテムの1つである。使っている人はまだ少ないのだが、とてもお勧めできるヘッドフォンだ。とにかく試してみてほしい、驚くはず。

こんな感じで、運の悪い日常なのであるが、さらに追い打ちをかけるべく自分にとって、ストレスになるのがUSBやSDの抜き差しである。ほぼ9割の確率で間違えて入れ直しをする。これが毎回なので、苦痛である。機器にとっても間違いの繰り返しはダメージにつながるはずだ。

このような小さな敗北感がつづくとメンタルの深層部に負のオーラがじわじわと来る。それが1日の成果になんらかの悪影響を及ぼしている。近年、そんな状況を救ってくれるアイテムが登場してきている。アップルのLightningや、USB-Cといったコネクター類である。

アップルって会社はやっぱりすごいなと。コンセントのように、どちらを差し込んでもつながるコネクターは本当に快適で、本来これが当たり前なのではないかと思う。日常の小さなストレスを1つでも軽減させるデザインが、本当の意味で「良いデザイン」または「正しいデザイン」だと思う。

デザインの実現は、「気が付いた人による思いやりの実践」でしかないと思う。最近は、この「本」を読めば、デザイン思考が経営に生かせる的な風潮があるが、もっと大事なことがある。それはさりげない周囲に対する配慮の気持ちだと思う。日本人に欠けているのがこの部分でもある。公共的な場面では特に日本人の弱点でもある。海外に行くと、小さい子供でも、次の人のためにドアを手で支えてくれたりするではないか。

シルバーシートという概念もない。すべての席がシルバーシートだから。日本でシルバー席近辺で立っていると、このあたりの悲しい駆け引きがいつもあり、なんだか悲しくなってくる。デザインの根源になくてはならないのは、「思いやりの気づきと実行」でしかない。

●日々の”運チャージ”でチャンスを待つ

話をまた「運気「に戻しますが、まあ、日常的には悪いことが起きてしまうのが普通と考えている。最近では、むしろ悪いことが積み重なるほどに、運のチャージができたと逆に楽観視するようになってきて、これはこれでまた楽しいもの。 問題は、そのチャージされた運をどう使うかなのである。
サッカー選手の場合、シュートを打つチャンスが、いつどこで発生するかなんてまったく分からない。でも、シュートを決める練習は毎日毎日繰り返さなければならない。

そうなった瞬間のシミュレーションを頭の中で繰り返して、まずは自分自身を常に万全な状態に仕上げておかなければならない。そして、そのチャンスは巡ってくるのか? それをどう捕まえるか? 人生においてほとんどの人が、実はそのシュートの瞬間のわずかなチャンスを見逃している。自分も振り返れば何度も見逃してきて後悔している。

常に自分を切磋琢磨しておき、貯めていた「運」をその瞬間に爆発させなければならない。なかなか、ハードルの高い課題でもあるが、一番理想的な「運「の使い方だと信じている。

スポーツや楽器に似ているのだが、その瞬間の対応は「考えていては間に合わない」のである。考える前に「身体が反応できる境地」にまで達していなければならない。それがいわゆる「練習」である。

付け加えるならば、「運の爆発」に必要な要素としては、自分の仲間の信頼関係だろう。この時、こいつに任せれば大丈夫、きっとやってくれるだろうという人間関係がその導火線になってくる。だらだらと長い年月をかけたかどうかではなく、直観的な信頼関係である。自分の立ち位置に応じて、付き合う仲間も変化しているはずだ。そこもきちんとウォッチしていなければならない。 

チャンスはないかもしれない。でも、その一瞬が訪れるのを信じて地味な練習を毎日続けていくしかない。

ゴールを決める唯一の手段がそれだ。

 
2018年12月1日更新


▲24時間の運チャージで人生が決まってくる? 写真はWALLCLOCK [ROSE] バラの12進法の時計。デザイン:澄川伸一。タカタレムノス株式会社。(クリックで拡大)

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