pdweb
無題ドキュメント スペシャル
インタビュー
コラム
レビュー
事例
テクニック
ニュース

無題ドキュメント データ/リンク
編集後記
お問い合わせ

旧pdweb

ProCameraman.jp

ご利用について
広告掲載のご案内
プライバシーについて
会社概要
コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その3:オール3より、5が1個

澄川伸一さんの新連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。


●苦手なことより得意なことを

そもそも、すべての科目をまんべんなく頑張らなくてよい。

その代わり、だれにも負けない何か「1つ」があればいい。それがあれば、社会人になっても食っていける。「オール3人間」は社会に出たとたんに、道に迷う。

小学生、中学生時代に、苦手な科目を頑張らないとダメだと、誰もが言われた経験があるはずだ。学校って、オール3製造機でもある。しかし、単純に担当教師が嫌いだったり、暗記の意味自体が理解できないなど、さまざまな理由で頑張ることに今一つ本気になれないものだ。

いやなものはいやであり、苦手なものは苦手であるのはしょうがない。すると、勉強自体までいやになってくる。箱の中の腐った1個のリンゴの法則である。

ただ、これが現実だろう。僕自身は、現在もそうだが、人の名前とか数字を覚えることができない。というか、本能的に覚えたくない。歴史や漢文など、高校時代の成績は、まあひどいもんだ。でも、社会に出て、それらが役に立ったとも思えない。

覚えることができないということで困るのは、パーティーで「お久しぶりですね!」と声をかけられても誰だか思い出すことができず、まったく関係ない話題をしながらなんとなく笑顔で後ろに消えていくという術を使うぐらいだろうか。気の利いた人は、僕の表情から状況を察し、改めて2度目の名刺をくれたりするものだが。

大学の授業でも、作品は覚えているが学生の名前が1年経っても頭の中に残らないということもあるが、そんなに困ることもない。むしろ作品が記憶に残らないほうが学生にとっても失礼だと思っている。

●ソニー入社当時のセンター長、黒木氏の言葉

長年のこの苦手意識というか疑問が一瞬で消滅したのは、大学卒業直後でソニーのデザイン部に入った時のことだ。当時のデザイン部はPPセンターと呼ばれ、最高幹部の井深氏、森田氏、大賀氏と直結する企業の特殊部隊であり、そこのセンター長を黒木靖夫氏が取りまとめていた。

黒木さん(当時のソニーでは、どんなに相手偉くてもさん付けのルール)が月曜朝礼で何度となく言っていたのは、最強の組織にはオール4人間は必要ない、必要なのは誰にも負けない5を持っている人間だけだ。5がない人間は必要ない。そして、その5は1つあれば十分だ。という独特の「組織論」である。学校教育とは真逆の理論である。

要は、誰にも負けない尖った能力を組織の全員がそれぞれ持っていれば、組織全体がどこにも負けない最強部隊となるという考え方。なんでも、そこそこできる人の集まりでは、組織としても、そこそこで終わってしまう。そこそこレベルの組織では自滅するのが見えている。というような考え方。

この黒木さんの言葉にどれだけ救われたか分からない。自分の苦手な部分を気にしなくていい、それよりも得意な部分をさらに伸ばしなさいと言われれば、誰もがモチベーションが上がっていくものだ。得意なものは楽しいから、頑張れる。かけっこで先頭を走って、風を感じるような心地よさだ。

●一匹狼たちの団結力

ソニーという会社は当時、完全なる個人主義の集合体であった。しかし、お互いの突出した能力が明快で、お互いにそれに対するリスペクトがあった。曲面が得意なやつ、ストイックなデザインが得意なやつ、色の配色の素晴らしいやつ、異常なスピードで仕事をこなすやつ、スケッチがめちゃくちゃうまいやつ、などなど…。

結局、組織としての団結力を考えた場合、お互いにその能力に対するリスペクト関係が成り立っていれば、何か、たとえばメンバーが他の設計部とのやり取りや、企画サイドと衝突した時でも、協力体制の整った援護射撃がそこに発生する。このデザインの良さを殺さないように、皆がが守ろうと助けてくれる。そんな組織が素晴らしかった。普段は一匹狼の村が、いきなり結束するような素晴らしいチームであった。人と人との距離感が良かった。

●好きなことはぶれない

フリーランスになって、もう、相当に長い年月が経ってしまったが、今でもソニーでデザインしている夢を見ることがある。たった7年ちょっとの在籍期間だったのだが、自分自身のデザインや人生に与えてくれた影響は計りしえないものがある。

もともと、曲線、曲面の大好きな自分が、今はそれを武器にしてやりたいままにデザインさせていただいているのはほんとうに感謝している。クライアントも、僕には「曲線」を使ってのびのびとした表現を求めて依頼が来る。他のテイストのデザインをためす必要性も、もう感じない。自分らしさを、もっと極めていけばいいだけのことだ。頑張る方向は、きわめてシンプルだからぶれることも、迷うこともない。

スポーツや音楽もそうだと思う。苦手なものは、根底に何か抗えない要素があるはずだ。得意なものを1つだけ。それで十分すぎる。人生はあっという間だ。早めにそれを見つけたほうが楽しいよ。

 
2018年11月1日更新

イラスト
▲ソニー時代の澄川氏(左から2人目)。写真中央は当時の大賀社長。(クリックで拡大)

イラスト
▲ソニー時代のスケッチ。(クリックで拡大)

イラスト
▲澄川氏がデザインしたソニーのSPORTS WALKMAN4「WM-SXF33」。(クリックで拡大)

イラスト
▲同じく澄川氏デザインのラジオ、ソニー「SW33」。(クリックで拡大)

Copyright (c)2007 colors ltd. All rights reserved