●プロたちが愛用する名キーボード
先日、プロの作家やプログラマの御用達として知られ、一般にもユーザー層を拡大しつつあるPFUのHappy Hacking Keyboard(以下、HHKB)が誕生20周年を迎え、秋葉原でささやかな記念イベントが開かれた。筆者も参加してきたので、今回は、その模様も含めながらHHKBの20年を振り返ってみたい。
実はHHKBのヘビーユーザーは、いつもこの製品を持ち歩くほど愛情を注いでいる。つまり、HHKBも立派なモバイルデバイスなのである。
イベントには、PFU側から長谷川 清 代表取締役社長をはじめ、プロジェクトをその初期段階から推進してきた松本秀樹 統括部長、販売の先頭に立つ販売推進部の山口 篤氏、そして、歴代モデルの開発や販売に携わってきたキーパーソンたちが列席。メディアの人間として、パーソナルコンピュータ専門誌やガジェット系マガジンの編集者たち、そしてユーザーでもある文具王こと高畑正幸氏や「メタルカラーの時代」などの著作を持つ作家の山根一眞氏などの顔も見られた。
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◀挨拶に立った長谷川 清 代表取締役社長は、PFUの前身であるパナファコム時代に入社された技術系の経営者である。(クリックで拡大) |
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中でも注目を浴びたのは、キーボードはコンピュータ製品に添付された純正品を使うことが当たり前だった時代に、マシンを変えても同じキー配列で快適に利用できるような最適かつ最小構成の汎用キーボードを発案し、後のHHKBをPFUと共同開発することになった、和田英一 東大名誉教授のお話である。
ご自身のニーズを深く掘り下げ、理論的な裏付けを行い、そうして生まれた原則を今日に至るまで守り抜いたからこそ、20年に渡って愛される製品が生まれたのだ。
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◀HHKBの基本コンセプトの発案者である和田英一 東大名誉教授(右)と、軽妙な司会で進行役を務められた販売推進部の山口 篤氏。(クリックで拡大) |
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◀HHKB開発の発端は、和田氏がさまざまなコンピュータを使い分けるにあたって、それぞれの付属キーボードの配列があまりに異なり、打鍵感も決して優れたものではないことに疑問を感じたところにある。(クリックで拡大) |
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◀和田氏がその思いをまとめた論文から、PFUとの共同開発がスタートした。キーボード配列を意味する「けん盤配列」という言葉に、時代性が出ている。(クリックで拡大) |
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◀和田氏が作成した理想のキーボードの紙製モデル。アラン・ケイがダイナブックのモックアップを段ボールを利用して作ったことに通じるものがある。(クリックで拡大) |
もちろん、製品化や量産にあたっては、電子機器の開発や生産のノウハウを持つPFUが大きな役割を果たした。小ロットで船出した初代モデルの後も、地道な改良と販路の拡大、時折発表される漆塗りモデルのような大胆な非売品や、マニア心に響く無刻印キートップなどを使った巧みなマーケティングによって、確固たるブランドを築いて現在に至っている。
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◀初期のHHKB。一番手前が初代モデルで、真ん中がそのMac対応版。一番奥は非売品の漆塗りモデルだが、これが後のJAPANモデルへとつながっていく。(クリックで拡大) |
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◀今となっては貴重なHHKBテレカ(しかも未使用品)。これも時代を感じさせるノベルティだ。(クリックで拡大) |
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◀歴代のプロモーション用Tシャツ。マニアックな無刻印キートップや、かつて和田氏が語った「カウボーイは、馬を変えても使い慣れた鞍は使い続けた」というエピソードにちなむ「馬の鞍」の文字などがあしらわれている。(クリックで拡大) |
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◀最近の和田氏は、3Dプリンタに興味を持ち、オブジェなどを作って楽しまれているとのこと。手にしているのは、かつて日本でも話題となった科学書「ゲーデル、エッシャー、バッハ - あるいは不思議の輪」の表紙に描かれていた、G、E、Bの断面を併せ持つ立体をご自身がプログラミングによってデータ化して出力したもの。(クリックで拡大) |
しかし、実際には対外的には製品名が物議を醸したり。社内的にも存続が危ぶまれた時期もあったそうで、そのたびに創意と熱意で壁を乗り越えてきたことが、イベント内での関係者の証言によって明らかにされた。
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◀HHKBの北米販売がスタートした頃のイベントチラシ。ハッカーという言葉に、本来の意味とは異なる悪いイメージが定着していたため、現地で製品名に難色が示され、難儀したという。日本でも商標登録の際に同様の問題が起こり、ハッカーが深い知識を持つプログラマを意味することを示す資料を提出するなどして乗り越えたそうである。(クリックで拡大) |
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◀その結果、北米では、キーボード右下隅にある「Happy Hacking」の製品名の部分に、ユーザーのネームプレートを購入特典として貼り付けることにし、それが逆に好評を博した。その後、製品名の部分は、徐々に略称であるHHKBのロゴをメインにするように変化していく。(クリックで拡大) |
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◀HHKB史上、最大の珍品ともいえる「Happy Hacking Cradle」は、一世を風靡したパームの電子オーガナイザーを外付けキーボードに接続するためのドッキング・クレードル。そんな時代もあったと、懐かしく思える製品だ。(クリックで拡大) |
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◀使っているパーツや生産規模を考えればリーズナブルだが、一般消費者にとってはやや高めの価格設定となっていたHHKBの普及版という位置付けのHHKB Liteシリーズは、ユーザー層の拡大につながった。(クリックで拡大) |
途中での最も大きな改良点は、キーメカニズムを物理的な接触のあるメンブレン方式から、無接点式の静電容量方式に変更されたことで、これを搭載するシリーズは、Professionalの製品名を冠された。
この改良によって打鍵感と耐久性はさらに向上し、特にコストに目をつぶってアルミ削り出しフレームを採用したProfessional HGモデルは、群を抜く剛性を実現した製品として今も根強いファンがいる。
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◀一方で、よりマニアックなユーザー向けには、高剛性フレームをアルミ削り出しで実現したProfessional HGモデルや、タッチタイピング専用のキートップ無刻印モデルなども用意された。前者は、今も歴代最高の打鍵感を持つモデルとして先鋭的なユーザーに愛されている。(クリックで拡大) |
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◀Professionalに採用された静電容量無接点方式のキーメカニズムは、優れた打鍵感と耐久性を高いレベルで両立させた。しかし一方では、機構上、消費電力がやや多くなるため、ワイヤレス化を阻む要因ともなった。(クリックで拡大) |
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◀アルミ削り出しフレームに、職人による漆塗りキートップを組み合わせたProfessional HG JAPANモデル.は、HHKBの1つの到達点となった。(クリックで拡大) |
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打鍵感、剛性感、耐久性と高性能キーボードに求められる課題をクリアしてきたHHKBだが、開発陣にとっては、まだ克服すべきテーマが残っていた。それは、静粛性とワイヤレス化だ。
もちろん、用途や使用環境、予算によっても、ユーザーニーズは異なるが、静かなオフィスや図書館での利用、あるいはスマートフォンやタブレットデバイスと組み合わせてのモバイル状態での利用のためには、そうしたバリエーションも必要だったのである。
特にワイヤレス化は消費電力の問題の克服に時間がかかったものの、単三乾電池仕様にして電池切れにどこでも対応できるようにしたり、マイクロUSBコネクタによる給電をサポートするなど、HHKBらしいこだわりが詰まっている。
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◀次にHHKBが向かったのは、高速タイピングと静粛性の両立で、これを実現したのがProfessional Type-Sモデルだ。特定のキーをカラー化するキートップ交換キットは、隠れたヒット商品となった。(クリックで拡大) |
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◀消費電力の問題を乗り越えて、ついにワイヤレス化されたHHKB BTモデルは、スマートデバイスが普及した時代の要請に応える製品といえる。(クリックで拡大) |
このほかイベントでは、HHKB20周年記念ケーキが振舞われたり、作家の山根一眞氏のスピーチなどもあり、参加者は皆、大いに楽しいひとときを過ごすことができた。
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◀20周年を記念して特別に用意されたHHKBケーキ。キートップの色やサイズまで忠実に再現されており、これには和田氏も思わず記念撮影。(クリックで拡大) |
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◀HHKBと同い年の娘さんを持ち、さまざまな苦難を乗り越えて製品を育ててきた松本秀樹 統括部長(右)は、時折、感極まった様子も見せながら開発の裏話を披露した。(クリックで拡大) |
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◀ファン代表として駆けつけた作家の山根一眞氏は、「HHKBがなくなったら死ぬしかない」というほどのヘビーユーザーだった。(クリックで拡大) |
ちなみに、今回のイベントの参加者の中には、愛用のHHKBを徹底して自分好みの使用とするために、親指シフトに改造している成蹊大学法学部教授の塩澤一洋氏のような方もおられた。
驚いたことに、塩澤氏のあまりの酷使ぶりに、高い剛性を誇るHHKBも、底面の隅に配されたゴム足だけでは中央部が撓んできてしまったそうで、今度は底部全面がフラットになるようなラバー系素材のスペーサーをかます予定とのことであった。
このように熱き開発者とユーザーに支えられてきたHHKBの歴史を一望できた今回の記念イベントは、とても刺激に満ちていた。待望のワイヤレス化まで果たした今、HHKBの次なるチャレンジにも大いに期待したいと思う。 |