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コラム

建築デザインの素 第48
デザインを、好き/嫌いから考える

「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。

[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。



■好き嫌いで、デザインは語ってはいけない?

チームで建築の設計をしている。 もちろん、エンジニアリングや法規についてもたくさんの作業を行うのだが、やっぱり力が入るのは、デザインだ。

ところが人間ってヤツは、かたちや色や素材、つまりデザインの問題となると、やけにこだわる生き物だ。機能やエンジニアリングに関わる議論の場合は、求めるゴールが比較的はっきりしているので合議で決めやすいのだが、いざデザインの話となるとそれこそ個人の好き嫌いの話に直結してしまい、途端に議論が難しくなってしまう。

だからついこんなことをスタッフに言ってしまう。「個人の好き嫌いじゃなくて、何故そのデザインでなければならないか論理的に説明をして議論しよう!」

一見合理的な呼びかけだが、本当にこんなことができるのだろうか? 1人になり、冷静になると、密かにこんな思いが首をもたげてくる。

「実はデザインとは、好き嫌いの問題なんじゃなかろうか? 論理的に部下にデザインの意味を説明しているようでいて、実は僕がやっていることは単に自分が好きなものを押し付けたいために、屁理屈を組み立てているだけじゃなかろうか?」(笑)。


■でも、好き嫌いは重要

考えてみれば、人生のほとんどの選択に、好き嫌いは重要な位置を占めている。好き嫌いで判断する代表的な対象に、人間がある。不思議なことだが、肌の色が白いとか、スタイルが良いとか、良い匂いがするとか、可愛いとか、おそらく五感で直接感じたものが好き嫌いになる大きなきっかけであるはずなのに、僕らはそれを公言することをはばかる。

その代わりに、何となく、性格や人柄といった内面で好き嫌いを判断することが人間的で高等で正しい行為だとされている。彼女に結婚を申し込むのに、「君は僕好みの香りがするから、結婚してください!」というのはどことなく動物的で下品であり、「君の内側にある人間性に惚れました。結婚してください!」というのが人間的で正しい恋愛なのだと、教えられてきた気がする(
笑)。まあ、両方が揃っていたら、文句なしではあるのだが。

■書物にたずねる

男女の出会いはともかく、好き嫌いのメカニズムがもう少し理解できて、好き嫌いを議論できるようになったら、チームでデザインする際の新しいコンセンサスの方法になるのでは? と考えていた時、そのものずばりのタイトルの本に出合った。『好き嫌い 行動科学最大の謎』という本だ。早速アマゾンでポツリとクリックして、取り寄せてみた。

著者のトム・ヴァンダービルドは、こう誘いかけて来る。
「ビッグデータ、IoTの時代、企業が的確に顧客の好みを見抜いている」

確かに、GoogleやYoutube、そしてアマゾンを使っているときに、続々と人工知能が提案してくる内容を見ていると、納得がいく指摘だ。事実、この本だって、アマゾンが僕の過去の購読履歴から推薦してきた図書だった(笑)。的確な好みの推測がなされているではないか。

この本、膨大な実例をもとに好き嫌いのメカニズムを紹介しているので、焦点は絞りにくいが、乱暴にまとめると、ヴァンダービルドの主張は下記のようにまとめられそうだ。

まずは、好みの重要な原則が5つあるとされている。

(1)好みは分類で把握される(絶対的に好き嫌いが決まるのではなく、他のものとの対比の中に決まり、その結果物事は好みで分類される)。
(2)好みは状況に左右される(好き嫌いは、絶対的なものではなく、移ろいやすい)。
(3)好みはつくりあげられる(確固たる自由意志ではなく、意外に周りの影響を受けやすい)。
(4)好みは本来的に相対的なものである。
(5)人は好きか嫌いかをその理由を自覚するより先に決定する(絵画の好き嫌い
は、わずか0.1秒間、2回見た程度で、それが何かを把握する前に決まるという。

それ故に、好きか嫌いかで物事を議論したり判断したりするときには、下記のようにすべきだと言っている。

(1)漠然とした「好き」か「嫌い」かの話は、まずいったん保留する。
(2)自分が「好き」なものが、なぜ自分が「何故好きなのか」を理解する。
(3)「好き」な理由を言語化してみる。また好きな理由が言語化しやすいから好きだと考えているのではないかをチェックしてみる。
(4)分類しやすいから「好き」と誤解していないか、チェックする。また、新しいカテゴリーをつくれば分類しやすくなり「好き」になるかもしれないので、チェックしてみる。
(5)安直で、分かりやすいから「好き」と誤解していないか、チェックしてみる。
(6)自分の好みに合わせて解釈して「好き」と誤解していないか、チェックをしてみる。
(7)「好き」になるには、学習や繰り返しの接触を必要とする(接触効果もしくは知覚的流暢性。コーヒーやビールを好きになるプロセスを思い出してみればよい)。
(8)「好き」なものは、記憶される。
(9)目新しさ/なじみ深さ、類似/差異、単純さ/複雑さのせめぎ合いの中に「好き」は現れる。
(10)「好き」であるよりも、「嫌い」な方がより強力である。
(11)何が好きかよりも、何故好きか、どうして好きになったかを語る。

なんだか、このリストはとても役に立ちそうに見える。これさえ目の前にあれば、明日からでも好き/嫌いをベースにしてデザインの議論ができそうに思えてくる。

■好き嫌いでデザインを議論してみよう

著者のヴァンダービルドは繰り返し言っている。「要するに、私たちは自分の好みのことを何も分かっていない」と。僕らにとって、好き嫌いは重要な判断基準であり、極めて瞬時にその判断は下されている。「何故好きか嫌いか」という視点を外さなければ、議論もできる有用なものにも見える。一方で、好き嫌いは、それほど確固としたものではなく、移ろいやすく、浅知恵に走りがちで、実は繰り返しの学習も大事であるというから、他者との議論の前には自分の好き嫌いについて十分に自己検証が必要することが必要そうだ。

さらには、繰り返しの学習により好みは形成されるということなら、チームでのデザインをしていくためには、実はメンバーをある程度固定して、チームでテイストを学習していくことも必要そうだ。

そんなわけで早速、「なぜ好きか? 嫌いか?」からデザインを議論してみたいと思っているのだが。 うまくいくだろうか?(笑)






▲写真1:ホキ美術館では、細長い絵画ギャラリーを森に向けて凸型に湾曲させたいか、凹型に湾曲させたいかで、デザインチーム内の議論が対立してしまった。硬直状態の後、突然その両方を立体的に組み合わせた案を思いつき、みんながそれを気に入り、一気にデザインが収束した。。(クリックで拡大)



▲写真2:トム・ヴァンダービルドの「好き嫌い」の表紙。SNSの基本も、投稿されたものに対する「いいね(like)」の反応が基本だ。「好き嫌い」人間の行動の根源的な動機付けなのかもしれない。(クリックで拡大)


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