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コラム

建築デザインの素 第42回
建築模型が面白い

「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。

[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。



このところ立て続けに大掛かりな建築関係の展覧会が行われている。建築の展覧会が、他のプロダクトやアートの展示違うのは、模型が展示されている点だと思う。

■建築模型とは?

安藤忠雄さんが国立新美術館で開催した「挑戦」展では、光の教会が原寸大でつくられ、かなりの話題となった。いわば、原寸大でかつ素材まで本物のコンクリートを使った模型であるが、これは極めて異例だ。ごく一般的には、建築は実物が大きくかつ敷地に固定されていて展示会場に実物を運び込むことができないため、また大型になれば製作コストもかかるため、仕方なしに、実際の建築を縮小した模型が展示会場に運び込まれる、とこんな風に建築家以外の方々は考えられていると思う。でも実態はそう簡単ではない(笑)。建築家にとって模型はかなりいろいろな意味を持っているのだ。


■スタディ模型

例えば「スタディ模型」というものがある。自分が建築のデザインを考える道具としての模型だ。作りやすい素材で、自分たちがデザインを確認したいところが見えるように抽象化してつくるのが普通だ。通常、建築家の関心は空間であるから、日本の場合は「スチレンボード」と呼ばれる、薄い紙が両側に張られて強化された白い発泡スチロールの板が使われることが多い。薄く、軽く、切りやすく、シャープなエッジが得られて、接着しやすく、価格もそこそこ。白い色のおかげで、素材のことを棚上げにして(これを抽象化といったりもするのだが)、空間を見るには良い材料だ。

大抵スタディ模型は、設計事務所の若手のスタッフや、学生アルバイトによってつくられる。大学の建築学科に進学すると、最初に先輩やアルバイト先で叩きこまれるのが、カッターナイフを使ったスチレンボードの切り方と、手の切り方(笑)といっても過言ではないだろう。


■プレゼン模型

一方、「プレゼン模型」というのもある。クライアントに、建築家が自らのデザインをプレゼンテーションするために用いるものだ。通常は、スタディ模型に比べて入念かつ詳細につくられる。空間の形だけではなく、そこで建築家が使おうと思っている素材や色なども表現されることが多い。昔は精巧な形を再現するために、石膏が使われることが多かったが、僕がこの世界に飛び込んだ1980年代後半では、プラスチックが使われるようになり、素材は塗装で精密に描き込まれていた。まさにプラモデルである。石膏模型もプラスチック模型も、専用の加工機を用いたり、塗装といった密閉空間が必要な作業があったりするため、専門の模型作成業者によってつくられることが多かった。

面白いのは、ここでも抽象化が行われることである。いくら本物そっくりにつくってあるとはいえ、模型はプラスチック製でありミニチュアであるから、模型の作成意図に合わせて素材の抽象化が行われる。

意外に多いのは、素材の本物感を生かして、木材などで模型を作るケースだ。たとえば、ルネサンス期の教会建築の模型が、フィレンツェなどに行くと今でも残っていて、博物館などで展示されている。本物の建築では石張りの部分が、模型では無垢の木材で表現されている。強引な抽象化にも聞こえるかもしれないが、不思議と本物の石という素材と、模型上の木という本物の素材が響きあい、木でできた模型を通して石でできるであろう完成した状態が想像できるところが面白い。模型素材の適切な抽象化は、設計意図を鑑み適切になされれば、想像以上の効果をもたらすのだ。


■模型の抽象化

実は、この模型の抽象化が、どの方向に進んでいるかを見ることが、建築模型を見るときの大きな楽しみの1つだと思っている。

僕が、実際の建築づくりに慣れ、デザインチームのチーフになった2000年頃には、一般に模型はかなり抽象化されてきていて、主にコンセプトや、空間のダイヤグラムを説明する道具になってきていた。したがってクライアントへの「プレゼン模型」であって、専門メーカーにより作成される詳細なものを使うことが減り、スチレンボードを使って若手社員や学生アルバイトがつくった模型を使用することが多くなってきていた。

また、建築家自身の関心も、そしてクライアントの関心も、モノとしての建築から、その建築の中で「人々」がいかなる営みをするかという点に移り始めてきたため、模型の建築空間は大幅に抽象化されてディテールが消え、代って模型の中に置かれる人間の模型が、表情やしぐさなどの豊かなディテールを持つようになってきた。

この時代の標準的なプレゼン模型として、乃村工芸社の本社ビルのコンセプトをプレゼンした時の模型を紹介させていただく(写真1)。各階の床構成や、吹き抜けの概ねの位置や、柱の概ねの位置は示されているものの、建築の詳細はほとんど表現されていない。したがって制作は自前で行った。代わって鉄道模型用の人物モデルや家具のモデルは時間をかけ、たくさん配置された人物模型を丁寧に見てみると、「おっと、ここがカフェだな」といった読み取りができるようになっている。20世紀の一般的な建築模型が、人間の模型をまったく組み込まず、ゴーストタウンのように見えたのと比べると、面白い変化だと思う。


■リアルな洗濯物の模型

この後、僕ら組織事務所はBIMや3次元設計という方向に向かい、模型が表現するものは大きな変化を見せていないのだが、日本のアトリエ建築界や大学の中では、模型は設計ツールとしてますます大きな意味を持つようになり、独自の表現を持ち始めている。

ここ十年、大学に課題や卒業設計の講評会にゲスト講評者として呼ばれると、リアルにつくられたTシャツがハンガーにかけられて干されている、非常にラフにつくられたバルコニーだけが印象に残るような模型といったものを、やたらと目にする機会が増えてきた。それも総じて1/50以上のスケールのでかい模型が多いのだ。その一方で図面はほとんど描き込まれておらず、「模型だけ作れても、建築家になれないよ!」などと叱ってみるものの、学生はおろか、僕をゲスト講評者に読んだ先生までがキョトンとしているではないか(笑)。そう、僕の方が、日本の建築界の模型づくりのトレンドに追いついていなかったのだ。

大学で非常勤として最新のデザイン思潮を学生たちに語り掛けている若手建築家や、その薫陶を受けた優秀な学生たちは、模型をまったく違った目的や狙いで、かたちづくっている。おそらく、スタディ模型やプレゼン模型という区分も消え、図面と模型の境界さえ曖昧になり、模型は独立した表現となり、設計ツールとなり、3Dツールとなっているのかもしれない。


■そして今の模型

そんなことを考えながら、終了間近の第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の日本館帰国展である「en[縁]:アート・オブ・ネクサス」展へ出かけてみた。新しいタイプの模型づくりの創始者や牽引者ではなかろうかと勝手に思っている西田司さんや成瀬さん、猪熊さんの模型が展示されているからと聞いたからだ。それだけじゃない。総勢12組の日本の若手建築家の模型展示がされているのだ。

そこで撮影させていただいたのが、これらの写真だ(写真3,4,5,6)。模型上の建築表現は、ディテールがないホワイトモデルで、きわめて抽象化されている。僕らがつくってきた模型とは違い、人間の姿はない。その一方で、その空間で営まれるであろう、寝食や、勉強や、洗面や、排便や、入浴や、会話などといったもの、そこに暮らしてほしい人たちの年齢層や趣味窓もが読み取れそうな生活小物は、かなりの精度で模型化され、空間を埋め尽くしている。

たとえばタイル目地はまったくないのだが屑籠はキチンと置かれ、エアコンは天井隠蔽ではなく壁に掛けられている。小物は完全に片付いているわけでもなく散らかっているわけでもない。何となく分かる、理解できる、しっくりとくる微妙なバランスで組み上げられていて、いつまで見ていても飽きない。この不思議な説得力を持った模型を安易な言葉でくくることは本意ではないが、かつて模型が引き受けてきた建築の「かたち」への関心が、やがて「人」へと移り、今は「アクティビティ」へと変化していることを告げているのかもしれない。

長くなってしまったが、建築デザインにおいては、模型は特別な意味を持っているし、その意味が今日本の建築家たちの中で大きく膨らんでいる気がする。建築模型を目にするチャンスがあったら、それを完成した建築のミニチュアだと思わず、独立した表現としてじっくりと味わってほしいと思う。

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▲写真1:乃村工藝社本社のコンセプト模型。建築部分は抽象化され、人間と家具の模型が目立っている。(クリックで拡大)

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▲写真2:実際に完成した乃村工藝社の外観。模型で着色されていた床のイメージやファサードに組み込まれた階段が、最終案でも残っていることが分かる。(クリックで拡大)


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▲写真3:成瀬・猪熊事務所が出展していた模型の全体像。建築はノンディテールで、模型上は完全に背景となっている。(クリックで拡大)


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▲写真4:成瀬・猪熊事務所が出展していた模型の部分。ワードローブのリアルさに驚く。(クリックで拡大)

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▲写真5:西田司+中川エリカが出展していた模型の部分。棚に置かれたミシンを見て、住まい手はアパレル系の縫子さんなのだろうか? などと考えてしまう。(クリックで拡大)

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▲写真6:西田司+中川エリカが出展していた模型の部分。LPプレーヤーやアリンコチェアが置かれている様子を見て、あまりのリアルさに誰かモデルになった住まい手や部屋があるのではと邪推してしまった。(クリックで拡大)

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