建築デザインの素 第18回
ヘアヌードが、1970年代の街並みをつくる?
「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。
[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。
■The Old Town Museum
北欧デンマークの第2の都市、オーフスを仕事で訪ねた。
いつものようの悪あがきをして、会議の合間になんとか時間をつくり出し、街に建物見学へと繰り出した。向かったのはDen Gamle By、英語名をThe Old Town Museumというデンマークの古い建物が建ち並ぶ場所。日本で言えばちょうど明治村か東京江戸たてもの園といったところで、デンマークに実際に存在した建物を移築して、18世紀、20世紀初頭、そして1970年代の街並みが再現されている。
建物のみならず、内部には当時の生活を感じさせる小物が配され、なかなか質が高い展示がなされている。おまけに都会のど真ん中にある。当初は有名観光地の1つだろうと高を括り1時間程度でザッと眺めるつもりであったが、結果としては半日以上を費やし隅から隅まで眺め、満喫してしまった。
■18世紀の街並みと職人が支えた社会
18世紀の街並みは、実際には17世紀まで遡れる建築を多く含むもので、産業革命以前の手工芸をベースとしたモノ作りが社会基盤や都市を成立させていたことを実感できる設えとなっているところが面白い。歴史的建造物を通して、それを生み出した社会をも展示している点が、世界中に点在している同種の施設にはないリアルさを呈することに成功している一因であるかも知れない。
通りに沿って服屋や薬屋など多くの多くの商店が並んでいる。小規模な建物内に入ってみると、そこには工房と寝室とが未分化な間取りが再現され、質素ながらもモノ作りに励む当時の職人の暮らしがリアルに見てとれる。
■20世紀初頭の街並みと大量生産社会
続いて20世紀初頭の街並みが再現された部分では、まだ手作業やアナログの匂いを感じさせつつも、産業革命を経て大量生産に支えられた社会を感じさせる展示内容となっている。当時の自転車や自動車がさりげなく街並みに駐車されていたり、大量のミシンを導入して流行のモードを製造するブティックや、アナログ式の電話交換機(なんと今でも作動して、当時の電話交換の様子をデモしてくれた)が据えられた電話局などが並んでいたりする。
すでに第二次世界大戦前にヨーロッパでは大量生産を基礎にモノ作りが大きく変わっていた一方で、建築の方は間取りの充実は見られるものの、建築生産は1800年代と大きく変わっていない状況がリアルに実感できる。コルビュジェなど近代建築の推進者たちが、こんな社会状況の中で格闘していたことを想像すると、その社会が建築を作るのみならず、建築もまたその社会を微々たるものながら変えうるのではなかろうか、などと思いを巡らせる。
■1970年代の街並みと情報
さて1970年代を再現した街並みでは、何が展示され、いかなる社会背景やモノ作りが反映された設えがなされているだろうか?
18世紀と20世紀初頭の街並み見学で相当時間を費やし、それなりに疲れた身体を引きずり展示場の中を歩いていると、なんとも冴えないカフェと本屋のある一角にたどり着いた。いつの間にか展示場の本体を抜けて、管理施設や土産物屋のある一角まで来てしまったようである。
Den Gamle Byには思いのほか興味を持ってしまったので、本屋に入ってガイドブックを買うことにした。ドアを開けると残念なことに売り子さんは休憩中なのか店内に見当たらないので、早速書架を物色する。どこの観光地にもありがちだが、店内の商品や書籍はちょっと古めかしい(笑)。ふと店の奥の方を覗き見ると、怪しげな暖簾状のカーテンで仕切られた一角があり、独特な空気感を醸し出している。そう、かつて貸しビデオ屋にあったアダルトビデオコーナーのアウラだ!(笑)
めぐりの悪い僕は、なぜ観光地の土産物屋にまでポルノ雑誌コーナーを設けるのだろう、フリーセックスで有名な北欧だからどこでもポルノを売るのが当たり前なのだろうか、いやいや日本の観光地の秘宝館のようにヨーロッパ人も旅の恥はかき捨てなのかな、などと思いを巡らしていた。お目当ての施設のガイドブックもないようなのでと、店の表に出て気がついた! そうかこれは1970年代の展示なのだ!
近くにあった自転車屋の工房に入ってみると、これまた営業中のちょっと古めかしいそれに見えるほどリアルな設え。ご丁寧に、レジの横にはヘアヌードのピンナップが張られていた。1970年代を小学生、中学生、高校生、そして大学生として過ごした僕には、当時深夜テレビで放映されていた北欧諸国のフリーセックスに代表される性解放のムーブメントがフラッシュバックした。深読みしすぎかもしれないが、本屋のポルノ本コーナーやヘアヌードピンナップといった小技を通して、当時のきわめて初期的な情報インフラであったにも関わらず、世界に北欧諸国がフリーセッスク大国であることが瞬く間に広がった現象を思い起こさせ、1970年代の街並みが情報化社会の上に築かれたものであることを暗示しているのかもしれない。
日本に同種の建築を展示した施設はあるものの、ここでは個別の建築にとどまることなく、それが置かれていた都市や、その都市が成立した社会背景にまで踏み込んだ展示施設がないことに気づかされ、改めてヨーロッパの文化的成熟度の高さを思い知らされた気がした。恐るべし、Den Gamle By!。
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