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コラム

建築デザインの素 第17回
チャレンジが新国立競技場を名建築にする?

「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。

[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。



■チャレンジ

スポーツにまったく興味がない僕から見ても、オリンピックの各競技でアスリートたちが見せる、想像を絶したプレッシャーの元での身体能力の限界へのチャレンジには心を揺さぶる何かを感じずにはいられない。

さらには、限界と思われた記録が繰り返し破られ更新されていく様子を見ていると、記録へのチャレンジという行為のみが、生態系的に見て唯一正当に、人間を意図的に進化させる術にすら思えてくる。チャレンジなくして、人間が人間らしく意志をもって自らを進化させることなんてできそうもない。

デザインが目指すところはいろいろとあろうが、適切な問題設定と、それを乗り越えるべくチャレンジすることは、デザインという行為をクリエイティブなものと位置付ける上での必須と言えるのではなかろうか! 今回はなぜか力が入ってしまう(笑)。

■代々木

1964年の東京オリンピックでは、メインスタジアムにも増して、代々木につくられた2つの施設が注目を集めた。国立屋内総合競技場である。そしてその設計を手掛けたのが丹下健三であった。

手元にあった評伝「丹下健三」(丹下健三、藤森照信著/新建築社 2002年刊)の関連ページをめくってみても、この建築がチャレンジの連続の中で生み出されたものであることが語られている。

まず敷地で引っかかる。建設予定地をNHKに持っていかれる。次は予算。40%オーバーの予算を、丹下は当時の大蔵大臣、田中角栄に直談判して認めてもらう。次は、本邦初の複雑さと規模を持った釣り構造の採用。当時、構造設計に担当者として関わっていた大スパン構造の第一人者、構造家の川口衛はこう回想している。

「形も他に例を見ないくらいに複雑で、スケールも当時最大規模の吊り構造を、きわめて限られた設計期間で、果たして責任をもって設計できるか、(中略)そんな悲壮感をもちながら設計に立ち向かっていきましたね」。

それにもかかわらず、設計期間はわずか1年足らず。吊り構造の実現には、当時の最先端であった若戸大橋の土木技術が導入され、局面屋根の鉄骨製作には当時世界のトップに躍り出たばかりの造船技術を導入することでかろうじて作り上げることが可能となった。すべてがくまなくプレッシャーであり、チャレンジであったのだ。だが、そのチャレンジを必要とした状況こそが、クリエイティビティの連鎖を生み、代々木を名建築へと磨き上げたのかもしれない。

オリンピック終了後、IOC(国際オリンピック委員会)は、東京都、日本オリンピック組織委員会、そして丹下健三の三者を、特別功労者として表彰したそうだ。?

■白紙撤回

オリンピックの宿命であろうか。新国立競技場といい、エンブレムといい、オリンピックがらみの迷走が続いている。特に新国立競技場では、長大なキールスパンを特徴とするザハ案が、コストを理由に白紙撤回され、工期とコストを絞った別案をコンペで募る事態となった。タイトな設計や建設の条件は、キールアーチ案の実現よりもさらに事態の難易度を持ち上げているかもしれない。

しかし、1964年のオリンピックが、丹下健三のチャレンジが教えてくれるのは、チャレンジが不可欠な状況に至った今こそが、日本の建築界の底力を示すべきにチャンスであろうということだ。代々木並みの危機的状況、名建築誕生の準備の舞台は、今まさに整ったのではなかろうか。

後はこの期に及んで、チャレンジを欠いたコストだけ納めたような無難な案が選ばれ、建設されるような事態にだけはならないことを祈るばかりだ。

イラスト
▲写真1:丹下健三のチャレンジによって生まれた代々木の国立屋内総合競技場。(クリックで拡大)


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