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コラム

建築デザインの素 第4回
コンピュテーショナルデザインって何ですか?(後編)

前回に引き続き、テーマは「コンピュテーショナルデザイン」。自作を題材に、なるべく簡単で分かりやすい、山梨流のコンピュテーショナルデザインとは何であるかを解説したいと思います。

[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。


■コンピュータライズとコンピュテーショナル

コンピュータを使ったデザインの世界では、人間の作業をコンピュータが肩代わりすることをcomputerize=コンピュータ化と呼んでいる。CADはまさに、鉛筆と紙と定規をコンピュータ化して、図面描きなどデザインにまつわる作業を助けている。
これに対して、デザインの本質である創造のプロセス自体にコンピュータを使うことをcomputational=コンピュテーショナル(コンピュータによる)デザインと呼んでいる。デザイナーが「ここだけは自分の仕事」だと考えていた「デザインの創造」をコンピュータがしてしまうわけであるから、実はデザイナーにとっては死活問題ともいえる。それゆえに刺激的なのだ。

なんとなく分かってきたような気がしたところで、新国立競技場で話題になっているザハ・ハディドのデザインを例に、これがコンピュテーショナルか否かを考えてみよう。ザハのデザインは、複雑で3次元CADの助けを借りないととても設計ができそうにない。けれども、デザイン自体はザハが、つまり人間が考えているわけだ。コンピュータは密接にかかわりデザインを手助けしているものの、形そのものを創造していない。だからデザインプロセスは3次元CADにより高度に「コンピュータライズ」されてはいるが、ザハのデザインは「コンピュテーショナル」ではない。
では、コンピュテーショナルデザインといえるものにはどんなものがあるだろう。

■僕自身の試み

コンピュテーショナルデザインは新しい領域だから、さまざまな試みがなされているところで、実作では部分的な採用に止まり、傑作と呼べるものはまだ生まれていない。恐縮だが、ここでは僕自身のささやかな試みを紹介してみたい。

1つ目の試みは、ホキ美術館の天井だ(写真1、2、3)。天井の中には梁が入っている。その梁を避けつつ、照度ムラを起こさない程度に照明をバラマキ、見た目にはシステマティックなパターンをつくらないようにしたい、というのがこの天井をデザインするにあたって考えてみたこと。デザインの方針を言葉で言うのは簡単だが、実際の照明の位置を条件にあわせて決め込むことは大変な時間がかかる。デザインをしていると、このように方針はシンプルだが、実際の作業は面倒な場面に多々遭遇する。ここでコンピュテーショナルデザインの出番となる。ホキ美術館では、デザインの方針を「アルゴリズム」としてコンピュータプログラムをつくった。そこに諸条件(ここでは美術館の形自体や、梁の位置など)を与えると、コンピュータがアルゴリズムに即して面倒な作業を肩代わりしてくれて、照明の具体的な位置を決めてくれた。僕らがしたことは、コンピュータが描く膨大なオルタナティブの中から気に入った1枚を選ぶだけで、かたちをクリエイトしたのは紛れもなくコンピュータであった(写真4)。

次の例はNBF大崎ビル(旧ソニーシティ大崎)のランドスケープの例。同じく僕ら人間が考えたのはアルゴリズムで、コンピュータが実際のランドスケープをクリエイトしている(写真5、6、7)。

最後の例は、美術館での展示パネルのレイアウトをコンピュテーショナルデザインの手法を用いて検討したものだ。上段はコンピュテーショナルデザインが描き出したCGで、下が実際の美術館での展示(写真8)。コンピュテーショナルデザインがどのようにパネルのレイアウトを検討しているかは、ムービーを見ていただくとなんとなく察しが付くだろう。僕が行ったことは、プログラムのスライダーを動かしながら、コンピュータが描き出すCGを見つつ、気に入った1枚を決定するだけだった。

■コンピュテーショナルデザインの可能性

こんな初歩的なコンピュテーショナルデザインであっても、形自体をひねり出す作業をコンピュータに委ねてはいるという脅威がある一方で、アルゴリズムを考えるといったこれまでとは違ったクリエイティブな瞬間を体験し、恐怖とも喜びともつかない新しい何かが感じられる。ひょっとしたら、コンピュテーショナルデザインは、デザイナーの存在自体を新たにデザインし直し、デザインの概念自体を変質させてようとしているところに、最大の面白味があるのかもしれない。

コンピュータが示すこの程度のクリエイティビティを、「創造」という言葉で呼ぶことはおこがましいという意見もあるだろう。事実、現状では、コンピュテーショナルデザインに関わる多くの人が、コンピュータがアルゴリズムと与件から、人間に代わって形をひねり出すプロセスを、創造という言葉を使わずに、ジェネラティブ=生成的という言葉で呼んで、創造とは区別した扱いをしている。

現代の初歩的なコンピュテーショナルデザインによる生成が、やがては発展し、いつかは創造につながるのか。それともどこまでいってもコンピュテーショナルデザインは、生成の領域に止まるのか。はたまた、コンピュテーショナルデザインの発展は、創造と生成を分けて捉えている僕らのモノづくりやデザインに対する概念自体を解体し再構築してしまうのか。

賛否両論、諸説あろうが、少なくとも僕は、多彩なパラメータを操りながらデザインしなければならない建築という領域において、コンピュテーショナルデザインによる形態の生成が大きな可能性を持ち、建築のデザインを変えていく1つの方法となるのではなかろうかと、考えている。

 


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▲ムービー:展覧会のパネル展示パターンをコンピュテーショナルな手法で生成しているところをムービー化したもの(日建設計デジタルデザインラボ。(ムービーはWMVファイル。クリックでスタート)

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▲写真1:ホキ美術館(山梨知彦+中本太郎+鈴木隆+矢野雅規/日建設計 写真・野田東徳/雁光舎)(クリックで拡大)

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▲写真2:ホキ美術館の展示室。天井の照明が、コンピュテーショナルな方法により、内部の鉄骨リブを避けつつ、かつ照明ムラを起こさない条件を満たしつつ、パターンを消した配置が実現されている。(写真・野田東徳/雁光舎)(クリックで拡大)

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▲写真3:ホキ美術館の天井のクローズアップ。照明が設置される丸穴、空調の吹き出し、排煙口が約60mmのランダムな開口として天井に設けられているのが分かる。(写真・日建設計)(クリックで拡大)

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▲写真4:コンピュテーショナルな手法で生成した、照明の位置図。設計照度や構造上の制限など様々な諸条件を満たしつつ、パターンを描かないようにして、全体として天の川を連想させるようなナチュラルなレイアウトを生み出した。(資料提供・日建設計デジタルデザインラボ)(クリックで拡大)

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▲写真5:コンピュテーショナルな手法により、里山のようなナチュラルな風景を生成することを目指したNBF大崎ビル(旧ソニーシティ大崎ビル)のランドスケープ(山梨知彦+羽鳥達也+石原嘉人+川島範久/日建設計 写真・山梨知彦)(クリックで拡大)
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▲写真6:コンピュータ内のバーチャルなランドスケープに、潜在自然植生が初期値として植えられた状態。根の支配領域で敷地内をボロノイ分割している。(資料提供・日建設計デジタルデザインラボ+AnSスタジオ)(クリックで拡大)


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▲写真7:コンピュータ内で、数十年育成された状態をシミュレーションしたもの。風や日照、他植物との近接などを生育条件として、ある植物は成長し、ある植物は枯れ、淘汰が行われることで、敷地条件にきわめてナチュラルから植生状況が生まれる。これを現実世界にコピーアンドぺ―ストするという、少々乱暴な考え方でデザインしたランドスケープであるが、実際にはかなり自然な風景を造り出すことに成功した。(資料提供・日建設計デジタルデザインラボ+AnSスタジオ)(クリックで拡大)


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▲写真8:上半分が、美術館で実際にパネルが展示されている状態の実写。下はその美術館でのパネル展示をムービー1の手法で検討したCG。(「山梨グループの設計手法」展・オリエギャラリー/日建設計デジタルデザインラボ)
(クリックで拡大)






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