建築デザインの素 第2回
「もったいない」からのデザイン
「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。
[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。
■「断捨離」はデザインの原点?
数年前、「超整理術」や「断捨離」が大流行して、整理整頓ができなければ人にあらず、みたいな状況となった。
著名デザイナーが、デザインの基本は整理整頓にあると言ったようなものだから、「いいデザインができる人⇒断捨離して、整理整頓できる人」との図式が出来上がってしまった。言わずもがなで、「断捨離できず、整理できない人⇒いいデザインができない人」ということになり、僕のように物が捨てられず、机の上にモノの山を積み上げてしまう人間は、ダメデザイナーとしての烙印を押されることになった。
そもそも建築の世界では、巨匠ミース・ファン・デル・ローエの「レス・イズ・モア」の教えもあり、学生時代から「やりたいことを整理して絞り込め」とか「要素を抑えろ」といった、捨てるデザイン手法を叩き込まれる。確かに、捨てて整理すればデザインは先鋭化される。
でも僕は、簡潔な弥生式も好きだが、豊饒な縄文式にも魅かれる。掃除も断捨離も苦手な僕は、禁欲的に捨てるデザインのほかにも、別の道もあるのではと思い、その求道のために、日夜机周りを散らかし続けている。
■「超整理しない術」を求めて
友人の事務所や同僚の机を見るたびに思うのだが、実は「整理整頓が苦手」っていうデザイナーは、意外に多いのではなかろうか。いや、ほとんどのデザイナーの机の上は、実は捨てられないモノで散らかっている。だからと言って、クリエイティビティが低いわけではない。勢いに乗って言えば、僕ら「捨てられないデザイナー」にとっては、汚く散らかった状態こそがデザインの源泉だったりもする。断捨離好きには決して理解できない、もう1つの「捨てないデザイン」が存在するはずだ。
不幸なのは、本来は汚い机派の人間が、無理して断捨離した時だ。自らの性質に逆らって掃除し、消耗する。その上創造の源となる混沌としつつも心地よい労働環境をも壊してしまう。これではいい仕事ができるわけがない。この際、世の中には2通りのデザイナー、断捨離派と捨てられない派がいることを周知させ、自らが捨てられない派であることをためらうことなくカミングアウトすべきだ。超整理術の向こうを張って、「超整理しない術」を執筆する著名デザイナーの登場に期待しよう。
■「多目的最適化」の時代
僕は、建築デザインに、コンピュータを使っている。
コンピュータというと、冷徹で、断捨離派の人々に好まれそうな道具に思える。例えば、環境建築であれば、環境を精緻にシミュレーションするために、建築を単純化してコンピュータに入れ込み、単一の目的を見据えてそれを最適化するといった、断捨離的ともいえるコンピュータの使い方が一般的であった。
しかし実際の建築を造るときには、温熱環境のみならず、光や音のこと、構造的なことも、それにそもそも機能や使い勝っても考えなきゃならない。本来建築のデザインとは、こうした様々な目的を勘案しならないはずだが、人間の力でそれら多様なもののベストバランスをとることは難しい。だから、人間だけでデザインをするときには、目的を整理し、断捨離しなければならなかったのかもしれない。
しかしコンピュータの助けを借りれば、異なるシミュレーションを相互に連動させて、多様な目的のベストバランスを探ることもできる。事実、コンピュータシミュレーションのトレンドは、異なるシミュレーションを連動させてベストバランスを探る「多目的最適化」に突入している。多目的最適化の時代が到来し、デザインの王道が、これまでの断捨離的な方法から、捨てない方法へと移行するのではなかろうかと、僕は密かに期待している。
■「もったいない」から兼ねちゃった
コンピュータによる多目的最適化の登場に合わせて、人間の方にも、断捨離の「切り捨て、そぎ落とす」デザイン原理とは異なる原理が必要だ。現状、僕自身が最重要視しているのは、「もったいない」という言葉だ。2005年に、環境保護活動家で、ノーベル平和賞受賞者でもあるワンガリ・マータイさんが、環境保全の基本であるリデュース、リユース、リサイクルを一言で表せる言葉としてピックアップしてはやらせた言葉だ。
僕流の解釈では、「もったいない」とは、1つの建築部材を複数の目的に兼用することで、その建築にとって必要不可欠な状態へと統合する状態を指している。例えば、自作の木材会館では、西日を切るための格子庇を、それだけでは「もったいない」から部屋の内側からはバルコニーとして使えるようにして、さらには室内の邪魔な柱をレイアウトする場所へと統合することを試みた。
NBF大崎ビル(旧ソニーシティ大崎)でもバルコニーを設けているが、柱を追い出すだけではもったいないので、さらにビルの非常時に安全に逃げられる避難ルートとしても使っている。その手すりがもったいないので素焼きのパイプで作り、夏季に降る雨をそこへ流す。すると雨水は素焼きのパイプから滲み出して蒸発して、その気化熱でビルが冷やされる。「バイスキン」と命名された雨水で都市と建築を冷やすまったく新しい環境装置は、こうした「もったいない」の連鎖から生まれたものだった。
断捨離できずに悩んでいるデザイナーの皆さんに、「もったいない」という言葉が、新しい「捨てないデザイン」へのインスピレーションを与えることを願っている。(笑)。
|