┏…・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・…┓ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥       pdwebメールマガジン第28号・・・2012/7/27       編集制作:pdweb.jp編集部 http://pdweb.jp ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ┗…・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・…┛ ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ ● pdwebメールマガジン第28号 目次 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ●連載コラム:西山浩平の空想デザイン 第14回:孤独な人同士がつながれるとき ●リレーコラム:若手デザイナーの眼差し 第4回:MUTE イトウケンジ ●pdwebデザインコンペ2012のご案内 ●編集後記 ////////////////////////////////////////////////////////////////////// ●連載コラム:西山浩平の空想デザイン 第14回:孤独な人同士がつながれるとき ○がり勉みきさん みきさんにはかわいいところがある。 大学で教鞭をとりつつ、歴史の研究者として論文を執筆する毎日を送る彼女は、 いつも小脇に分厚い英語の専門書を抱えている。映画に出てきそうながり勉タ イプの女性を髣髴とさせる女性だ。彼女とは大学時代からの知り合いだが、十 数年経った今も、その印象は変わらない。 博識な人で、会話をすると時空を飛び越えて話題が展開されるので、彼女との おしゃべりはいつでも楽しい。今でも印象に残っているのは、空想生活を始め たばかりのときに交わした会話だ。「空想」という言葉には「科学」と対峙す るニュアンスがあると、マルクスやエンゲルスが批判していたことを気にして いると漏らしたことがあった。そうしたら、最近の研究では、サン=シモン、 フーリエ、オウエンらを筆頭とする空想社会主義の実践者をイノベーションの 担い手として再評価する動きもあるのよ、と慰めてくれた。すこし、霧が晴れ たような気がして嬉しかった。そして教養とはありがたいものだと思った。 ○3月のライオン いつだったか、カフェでおしゃべりをしていた時のことだ。彼女は相変わらず 重そうなかばんを持ち歩いていた。次の約束があるので、と会話を切り上げて 会計をウエイターに頼んだ。また新しい話題を始めると中途半端になるのは必 至だった。 それにお互い無言でいるのがその場のマナーのような感じがしたので、2人と も黙って周りの風景に目をやっていた。お店の外を歩くカップルのファッショ ンや、店内で熱心になにかを力説している初老のおじさんの表情にも見飽きて いたので、テーブルに視線をもどして、何気なくみきさんのかばんに目をやっ たときのことだ。大ぶりなトートバックに、どう見てもマンガ本にしか見えな い数冊が入っているではないか。茶色い書店のカバーをしているが、紙質とい い、裁ち落とした紙際までインクがのっている小口といい、どう見てもマンガ だ。これまでのイメージを裏切られた反動で、もうその場を出なければならな かったけど、つい茶化してみたくなった。 「それマンガ本じゃない?」と突っ込んでみた。ギョッとして、メガネの奥か ら僕の顔をまじまじとみきさんは見据えた。2秒間はフリーズしていただろう か。うまい切り替えし見つからなかったのか、観念したように彼女ははにかみ ながら、「そうなのよ」と言って、そして今度は憮然として、開き直った声で、 ぶっきらぼうに「これ面白いのよ」といって、間髪いれずに早口で「読み終わ ったから貸してあげるわ」と、僕にマンガを押し付けた。 こちらとしてはマンガを読みたくて話題を振ったつもりはなかったのだが、も はや断る雰囲気ではなかったので、そのまま初刊から揃いの7冊を持ち帰る羽 目になった。そのマンガのタイトルは「3月のライオン」といった。 ○痛みは同じ痛みを味わった人にしか伝わらない 「3月のライオン」の表紙には、将棋マンガとして銘打ってあった。読み終え るまでは、将棋にそんなに関心があるわけではないので、さっと目を通してみ きさんに返送しようと思っていた。しかし、読み始めた直後にそのマンガは将 棋まんがという括りでは語られるべきでなないものだということを悟った。そ してまたしても、みきさんに新しい語彙を教えてもらったことに感謝しなけれ ばならないと思った。 主人公の桐山 零は幼い頃に事故で両親を失って心に深い傷を負ったまま、将 棋以外に心のよりどころを見出せず、人付き合いを避けてプロ棋士になった高 校生だ。孤児となってしまった主人公は引き取られた家族で義理の兄弟たちと もなじめず、将棋に没頭する以外、恋愛にも両親とのふれあいにもスポーツに も余りあるエネルギーを向けることができないで10年を過ごした。その結果、 早期から頭角を現し、新人王のタイトルとるまでに至る。表面のあらすじはこ んなところだろうか。 しかし、作者が心を砕いて描写するのは、差別を受けた人間が、人とつきあう こと以外の事象に逃げ場を作らざるを得なかった心理である。 主人公は家を出て、誰とも交流を持たずに生活をしている。人との直接的な会 話は普段の生活にはごく限られた登場人物を除いてはほとんどない。主人公に とっては、過去の将棋の記録を読み解くことは、棋士たちの心理を追体験でき る人との間接的なふれあいなのであろう。そして、将棋の駒を通じた対戦は、 直接視線を合わさずに、また言葉を交わさずにすむ、生きた人間とのやり取り なのであろう。 対局の現場には、きっと時計の針が進む音と、駒を進める音しか耳に入ってく る音はないのだろうと想像する。しかし、紙面からは勝負に挑んでいる主人公 のどくどくとする心臓の音が聞こえてきそうだ。このまんがに僕が引きずりこ まれてしまったのは、おとなしい顔をした主人公が、闘争心をなりふり構わず 燃やせているからだ。僕らが普段の生活では人間関係を気にするあまり表に出 せない闘争心というものを、作者は将棋というメタファーをつかって、今の時 代に合わせた形でめらめらと燃やせるということを示していることに、興奮を 覚える。グリッドに駒を置くミニマルな行為を通じた勝負事は、デジタルな情 報に囲まれている僕らには比喩として分かりやすい。 勝つということのために、辿らなければならない闘争心やとどめを指すときの 冷徹な心情を、将棋という媒介を通じて知ることは、オンラインゲームでの勝 ち負けより生々しい。主人公にとっては、将棋の対戦は普段鬱積した思いの丈 を晴らす格好の場である。とどめの局面に無慈悲であっても闘争心もあらわに して駒を進めても許される。戦略の出来の良さと、勝つことに徹したデジタル な感情に100パーセント身を任せたとしても差別を受けることはない。どんな 手もグリッドの上でなら許される。 リアルな社会で生身の人間に受け入れてもらえず、孤独だったことがある読者 なら分かるであろう。いかに生身の人間がヒーローとなって活躍するアクショ ンものや、美男美女が登場する恋愛ものが空々しく、自分の経験とかけ離れた 経験であるということだということを。普段の生活に居場所をなかなか見出せ ない人間は、特定の場面で勝負をすることでしか自分が生きていることを示せ ない性にあるのだ。しかし勝負ができる場所を見つけられた人間は、人間関係 を維持することに時間を費やすことがない分だけ、自分が有利になれることも 知っている。 ○みきさんの横顔 僕は19歳になるまで南米で育った。アジア人然とした風貌がいじめの対象とな って、遊びの仲間に入れてもらえず孤独な幼少を過ごした。少しでも現地の子 供たちに溶け込みたくて、スペイン語も英語も必死で覚えた。少しでも発音に なまりがあったらよその土地から来たことが分かってしまいそうで、わざわざ Rから始まる発音を会得するために家庭教師をやとってもらったりもした。 背が低くて身体が小さいために、スポーツでは競争相手にならなかったので、 言葉を使わなくても一番になれる物理と数学と美術にすべてのエネルギーを傾 けた。学校とはテストのみを通じて自分の存在意義を示せる場であった。 人付き合いがあまり得意でなく、昔から歴史の書籍に没頭してきたみきさんが、 なぜ「3月のライオン」を所持していたかが、突然分かったのは、本を返却し て、しばらくしてのことであった。 西山浩平 Linkedin : Kohei Nishiyama Twitter : Kohei Nishiyama ////////////////////////////////////////////////////////////////////// ●リレーコラム:若手デザイナーの眼差し 第4回:MUTE イトウケンジ ○独立して4年 大した実務経験もないまま会社を飛び出して、独立したのが4年と少し前。 日々の仕事の中でたくさんの刺激を受け、モノ作りや自分について考えさせら れています。フワフワした頭の中では何か形になったかと思えば、またすぐ散 って、散った破片が結びついて新たに違う形になったかと思えば、またすぐ姿 を変える。 そんなうごめく頭を抱えて仕事と向き合う中で、4年前にはなかった考えが次 々と自分の中で生まれています。そんな考えの中でも、最近の仕事に大きく影 響している2つを挙げてみます。「新しさ」と「素の魅力」についてです。 ○新しさ 新しさには2種類あると思います。1つは、誰も考えつかなかった、今までに見 たことのない新しさ。もう1つは、誰もが知っているような、ありそうでなか った新しさ。いま興味を持っているのは後者です。 2011年のDESIGN TIDEで発表した「tartan」というワイヤーバスケット。この 作品は、金属製のワイヤーバスケットのワイヤーの一定のピッチを変化させ、 タータンチェック柄にしたものです。ワイヤーバスケットとタータンチェック、 どちらも大抵の人には見慣れたもので、特に新しさを感じるものではありませ んが、その2つが合わさったときに不思議な新しさが生まれます。 今までに手にとって見たことはないのだけれど、頭のどこか片隅ではずっと見 続けていたような、懐かしさを併せ持った新しさです。懐かしさは人の心を強 く打つのだと思います。 この作品制作で初めて感じたことではなく、それこそ頭の片隅にずっとあった 価値観だと思うのですが、この作品を発表することで、自分の今まで漠然とし ていた価値観を少しつかめた気がします。 人の記憶を刺激するようなものやことを、何かを思い出すような感覚で形につ なげていくことに楽しみを感じていますし、そういうものこそ生活に自然に溶 け込み、長く愛されるものになっていくと思っています。 ○素の魅力 最近は伝統工芸品のデザインをする機会も増えてきています。その中で強く感 じているのは、作る側がその素材や技術の素の魅力を忘れてしまっていること です。そういう根本的な魅力が当たり前すぎて見過ごされていたり、時にはつ まらないものとされてしまっています。 でも、現場を訪れたときについつい足を止めて見入ってしまうものは、さらっ としか説明されない職人さんにとってはたわいないものなのです。 自分自身そういったものの素の部分に魅力を感じますし、多くの人が求めてい るものもその工芸品にとっての素の部分なのではないのかなと思っています。 ですから、新しい用途のものやいままでに見たこともないような新しい形のも のではなく、もうすでにその場にあるものやそのものの本来の価値を再考し、 もっとも魅力が伝わりやすい商品を心がけて提案しています。 その世界で浸透しきっていること、当たり前だと思われていることにもしっか りと目を向け、そういった部分から新しい価値につながる要素を丁寧にすくい 上げたいと思っています。 この「新しさ」や「素の魅力」についての考え方は、あるものに限らず、最近 のMUTEのさまざまな仕事の根本になっています。活動をはじめて今年で5年目、 さまざまな仕事や人との交流の中で、少しずつ自分たちの輪郭がはっきりして きたような気がします。 しかし、一方ではまだ頭の中にフワフワした部分があって、何かを探してうご めいています。これからのさまざまな出会いによって、自分たちがどんな価値 観を見出していくのか、自分自身とても楽しみにしています。 MUTE イトウケンジとウミノタカヒロにより2008年に結成。ともに桑沢デザイン研究 所卒業。静かでありながらも生活の中で確かな存在になっていくものを目指し、 幅広く活動しています。 http://www.mu-te.com ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■○■pdwebメールマガジンでは広告のご利用をお待ちしています。■○■ イベント/セミナーの告知や集客、新製品のご案内に。臨時増刊もあります。 ■○■お問い合わせはinfo@pdweb.jpまで。料金:1行6,000円〜。 ■○■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ////////////////////////////////////////////////////////////////////// ●pdwebデザインコンペ2012のご案内 削除しました。 ////////////////////////////////////////////////////////////////////// ●編集後記 世の中にはモノが溢れていますが、限定した目的を持って探し始めると、案外 選択肢は多くないようです。例えばマグカップ1つとっても、容量や厚み、色、 形状など妥協せずに探し始めると、なかなか最適なモノは見つかりません。量 産品は型の関係で、ボリュームゾーンを優先しますから当たり前なんですが、 かといってオーダーメードするまでもない。そんな時、なんとなく「デジタル 手作り」なんて言葉が思い浮かびました。例えば、座標センサーをいっぱい埋 め込んだ粘土みたいなモデリングツールがあると面白い気がします。(M) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■取材・執筆・DTPデザイン・印刷物納品を行います! カラーズ(有) ■企業のユーザー事例、パンフレット、Webコンテンツなどの制作を行います。 ■お問い合わせはinfo@pdweb.jpまで。お待ちしています。■■■■■■■■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ pdwebメールマガジンNo.28 2012年7月27日発行 2,400部配信 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓   pdwebメールマガジン登録変更および解除のご案内 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ※このメールに返信はできません。配信アドレスの変更や停止を希望される 方は、pdweb.jpのトップページ右側の登録フォームにて操作をお願いいたし ます。 http://pdweb.jp ┏…・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・…┓ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥   編集・制作:pdweb.jp編集部   〒151-0071 東京都渋谷区本町1-20-2-909 カラーズ有限会社   お問合せ先 info@pdweb.jp   Copyright(C) Colors.,LTD. All Rights Reserved ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ┗…・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・…┛